メイショウサムソン
03年3月7日北海道浦河町の林孝輝牧場生まれ。06年の皐月賞、ダービー、07年の天皇賞春・秋を優勝。24戦9勝。獲得賞金は10億6594万9000円。
父オペラハウス、母の父ダンシングブレーヴのスタミナ重視の血統ということもあり、デビュー前はそれほど注目されることはなかった。瀬戸口勉調教師(当時)に素質を見出され、松本好雄オーナーに700万円で購入される。
2歳の05年7月にデビューするが、初勝利を挙げたのは3戦目。ダービーが11戦目だった。2歳時に3勝を挙げ、賞金的にクラシック出走はクリアしていたのだが、それでも長期休養を挟むことなく、レースを使い続けた。
接戦に強く、馬体を併せる形になるのが理想。3歳春のスプリングSでは、先に抜け出すと内からドリームパスポート、外からフサイチリシャールが強襲してくるのをゴール前グッと首を伸ばして押さえ込んだ。この勝利で「先行して、ロングスパートから粘り込む」という戦術が確立された。
ただ、サムソンの1歳年上の3冠馬ディープインパクトのような豪快さはないため、「地味」な勝ち方と思われたか皐月賞では6番人気と低評価だった。しかし、皐月賞での先行馬を早めに捕まえて抜け出す勝ち方で、強さが再評価されダービーでは1番人気に支持された。ダービーでは道中4、5番手から相手を逃げるアドマイヤメインに定め、4角で進出、直線坂上で交わし後続を振り切る“正攻法”の競馬で堂々の勝利を収めた。
3冠に挑戦した菊花賞ではレコード決着となり、4着。瀬戸口師が「時計(が敗因)やろな」と高速馬場への適応が疑問されていた。だが、4歳の天皇賞・秋では2000メートルを1分58秒4と速いタイムで制しており、従来の粘る競馬だけなく、鋭い切れ味を発揮する競馬もできるようになっている。
07年3月、4歳になったサムソンは瀬戸口師の勇退により、高橋成忠厩舎へ転厩した。天皇賞春でエリモイクスパイアとのたたき合いを制すると、宝塚記念では後にジャパンCを勝つアドマイヤムーンの2着。松本オーナーが「生涯の夢」であった凱旋門賞挑戦を決断する。しかし、日本国内で馬インフルエンザが猛威をふるい、サムソンも感染していたことが判明する。症状は出なかったものの、出国できない状態になり、フランスでの前哨戦が使えなくなった。最終的に「行くなという流れ」と松本オーナーが回避を決断した。
08年春は天皇賞、宝塚記念とも2着と、タイトルを手に出来なかったが、高橋成師が「昨年用意したものがあるし」と凱旋門賞出走を決断。8月22日にフランスに到着、M・デルザングル厩舎で調整され、10月5日の本番を迎える。血統的にも、欧州の馬場は合うと考えられ、日本馬初の栄冠を手にすることが期待されている。
メイショウサムソン 血統表
| メイショウサムソンの血統(サドラーズウェルズ系(ノーザンダンサー系)、Northern Dancer 3×4=18.75%) | |||
|---|---|---|---|
| < 父 > オペラハウス Opera House 1988 鹿毛・イギリス |
Sadler's Wells 1981 鹿毛・アメリカ |
Northern Dancer | Nearctic |
| Natalma | |||
| Fairy Bridge | Bold Reason | ||
| Special | |||
| Colorspin 1983 鹿毛・イギリス |
High Top | Derring-Do | |
| Camenae | |||
| Reprocolor | Jimmy Reppin | ||
| Blue Queen | |||
| < 母 > マイヴィヴィアン 1997 鹿毛・北海道静内町 |
ダンシングブレーヴ Dancing Brave 1983 鹿毛・アメリカ |
Lyphard | Northern Dancer |
| Goofed | |||
| Navajo Princess | Drone | ||
| Olmac | |||
| ウイルプリンセス 1983 鹿毛・北海道静内町 |
サンプリンス Sun Prince |
Princely Gift | |
| Costa Sola | |||
| エール | フォルティノ Fortino | ||
| ガーネツトF-No.3-l | |||
メイショウサムソン 過去の成績
| 開催回 | 場所 | 競走名 | 頭数 | 距離 | 着順 | 斤量 | 騎手 | オッズ(人気) | 馬場状態 | 過去記事 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005/07/31 | 小倉 | 2歳新馬 | 12 | 芝・1800 | 2着 | 54 | 石橋守 | 14.0(4人) | 稍 | |
| 2005/08/20 | 小倉 | 2歳未勝利 | 9 | 芝・1800 | 3着 | 54 | 石橋守 | 4.3(2人) | 良 | |
| 2005/09/04 | 小倉 | 2歳未勝利 | 14 | 芝・1800 | 1着 | 54 | 石橋守 | 2.2(1人) | 良 | |
| 2005/09/18 | 阪神 | 野路菊S | 11 | 芝・1600 | 1着 | 54 | 石橋守 | 3.1(1人) | 良 | |
| 2005/10/29 | 京都 | 萩S | 8 | 芝・1800 | 4着 | 56 | 石橋守 | 3.4(2人) | 重 | |
| 2005/11/19 | 東京 | 東スポ杯2歳S | 11 | 芝・1800 | 2着 | 55 | 石橋守 | 18.7(5人) | 良 | |
| 2005/12/17 | 中京 | 中京2歳S | 10 | 芝・1800 | 1着 | 57 | 石橋守 | 3.0(2人) | 良 | |
| 2006/02/12 | 京都 | きさらぎ賞 | 12 | 芝・1800 | 2着 | 57 | 石橋守 | 3.4(1人) | 良 | |
| 2006/03/19 | 中山 | スプリングS | 16 | 芝・1800 | 1着 | 56 | 石橋守 | 14.5(4人) | 良 | [過去記事へ] |
| 2006/04/16 | 中山 | 皐月賞 | 18 | 芝・2000 | 1着 | 57 | 石橋守 | 14.5(6人) | 良 | [過去記事へ] |
| 2006/05/28 | 東京 | 東京優駿 | 18 | 芝・2400 | 1着 | 57 | 石橋守 | 3.8(1人) | 稍 | [過去記事へ] |
| 2006/09/24 | 中京 | 神戸新聞杯 | 16 | 芝・2000 | 2着 | 56 | 石橋守 | 1.6(1人) | 良 | |
| 2006/10/22 | 京都 | 菊花賞 | 18 | 芝・3000 | 4着 | 57 | 石橋守 | 2.0(1人) | 良 | |
| 2006/11/26 | 東京 | ジャパンC | 11 | 芝・2400 | 6着 | 55 | 石橋守 | 16.0(4人) | 良 | |
| 2006/12/24 | 中山 | 有馬記念 | 14 | 芝・2500 | 5着 | 55 | 石橋守 | 21.4(4人) | 良 | |
| 2007/04/01 | 阪神 | 大阪杯 | 11 | 芝・2000 | 1着 | 59 | 石橋守 | 1.9(1人) | 良 | [過去記事へ] |
| 2007/04/29 | 京都 | 天皇賞(春) | 16 | 芝・3200 | 1着 | 58 | 石橋守 | 4.5(2人) | 良 | [過去記事へ] |
| 2007/06/24 | 阪神 | 宝塚記念 | 18 | 芝・2200 | 2着 | 58 | 石橋守 | 4.2(2人) | 稍 | |
| 2007/10/28 | 東京 | 天皇賞(秋) | 16 | 芝・2000 | 1着 | 58 | 武豊 | 2.9(1人) | 稍 | [過去記事へ] |
| 2007/11/25 | 東京 | ジャパンC | 18 | 芝・2400 | 3着 | 57 | 武豊 | 1.8(1人) | 良 | |
| 2007/12/23 | 中山 | 有馬記念 | 15 | 芝・2500 | 8着 | 57 | 武豊 | 2.4(1人) | 稍 | |
| 2008/04/06 | 阪神 | 大阪杯 | 11 | 芝・2000 | 6着 | 59 | 武豊 | 3.4(2人) | 良 | |
| 2008/05/04 | 京都 | 天皇賞(春) | 14 | 芝・3200 | 2着 | 58 | 武豊 | 3.4(2人) | 良 | |
| 2008/06/29 | 阪神 | 宝塚記念 | 14 | 芝・2200 | 2着 | 58 | 武豊 | 2.1(1人) | 重 |