<サッカーaiコラム・選手権のHEROたち>

 3度目の選手権の初戦。対神戸科学技術(兵庫)戦。青森県代表の青森山田MF椎名伸志は、数ヵ月前に大きなケガを負った選手とは思えないほど、ピッチを縦横無尽に駆け回り、そして攻守のさまざまな場面で顔を出して、チームの勝利に貢献しました。

 8月の練習試合で左ひざ前十字じん帯断裂のケガをした瞬間は、「もう足に力が入らなかった」と、その程度が軽くはないということが自分でもわかるくらいの感覚をおぼえました。とはいっても、「まさかこんな大きなものだとは」という診断結果は、復帰まで6-8カ月を要する、予想以上のものでした。椎名にとってはサッカー人生初となる大ケガ。「正直(選手権に出場することは)無理かもしれない」という思いも頭をよぎりました。しかし、早期復帰に向け、黒田剛監督が迅速な対応で手術、トレーナーを手配。1、2日は落ち込んだものの、選手権出場への強い意欲が彼の気持ちをポジティブな方向へと向かわせたのです。

 ケガをする前、実は「早くプロでプレーしたい」という焦りがあったといいます。その理由は現在、J2札幌のトップで活躍するU-18代表候補の古田寛幸の存在。古田は小学時代から選抜などでプレーした仲間であり、よきライバル。椎名は中学から高校にあがるとき、地元・札幌のユースに上がるかどうか迷って高校サッカーを選択。青森山田では選手権出場はもちろん、「高校卒業後はプロで」という希望を胸に秘め、黙々とトレーニングに励みました。一方、ユースに上がった古田は昨年高校生ながらJリーグデビューを果たし、その後レギュラーとして活躍。そんな古田の姿を目の当たりにし、自分も早くプロでやりたいと焦る気持ちを感じずにはいられませんでした。そんな矢先に負った左ひざの大ケガ。「ピッチから離れて、いろいろ客観的に考えられるようになったし、ポジティブになった」。自分自身を見つめ返す良いきっかけとなりました。その後は厳しいリハビリにも、一切弱音を吐かず、ただひたすら復帰に向け邁進しました。

 選手権が開幕した今も、彼の左ひざにはテーピングが厚く巻かれていますが、試合に出場する以上は、「ケガは絶対に言い訳にしない」とキッパリ。1年生からトップチームの試合に出場している経験もあります。そして、もちろん責任も。今回が3度目の挑戦となる選手権。いずれも初戦敗退しているだけに、今回は誰よりも勝利に対する執念を燃やし、並々ならぬ決意で大会に臨んだのです。

 「チームをまとめる力は歴代最高といってもいいくらい、リーダーシップに優れている」と指揮官も全幅の信頼を寄せるキャプテンはもちろん、チームには必要不可欠な存在です。166センチと小柄ですが、ピッチ上では、実際の何倍も大きく見え、存在感を漂わせています。

 初戦を翌日に控えた1月1日。午前の練習後、宿舎近くの神社へ監督、スタッフ、チームメイトとともに初詣に行き、まずは「初戦突破」を祈り、翌2日、今年初の公式戦を勝利で飾り、幸先の良いスタートを切りました。

 「これまでお世話になった方々に、恩返しをしたい」。

 最後の選手権は今、始まったばかりです。(サッカーai編集部・石井宏美)