【ドーハ(カタール)26日=上田悠太】陸上の世界選手権ドーハ大会は27日の日本時間夜に開幕する。男子100メートルに3大会ぶりに出場する桐生祥秀(23=日本生命)の足元を、今までの概念を覆すかもしれない“新兵器”が支える。裏にピンが存在しないという新世代のスパイクだ。2年に1度のトップスプリンターがしのぎを削る舞台。アシックス社製の唯一無二の1足を身に着け、世界に挑む。

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スポーツは道具の進化の歴史でもある。今夏から桐生が履いているスパイクの裏には、何と歯がない。代わりにあるのはカーボンファイバー素材のフジツボのような突起。それが複雑に立体的に構成されている。数本配置された金属製のピンで地面を捉えることで、推進力を得る従来スパイクからの革命を予感させる1足だ。

桐生は「今までと全く違うものを履いているみたい。シューズより軽く、反発もあるように感じる」と手応えを語る。

ピンがないと違うのか? 15年夏からの開発コンセプトは、ピンが地面に刺さり、抜ける時間のロスすらも無くすこと。ピンが消え、地面は点でなく線で捉える。無駄を極限まで省き、回っていくように効率的に前へ。それが高い推進力となる。カーブが曲がりにくい、トラック表面の素材との相性など弱点もある。しかし、100メートルは直線だけ。トラックとの相性も合えば、爆発力を生み出す。

将来的には軽さも見込める。現在は約120グラムと従来の左右6本ずつのピンがあったスパイクとほぼ同じ。だが本来は東京五輪を目標に開発されていたもの。進化の余地は多く、付属品の改良で約100グラムまで落とせる可能性もあるいう。

正しいフォームを身に着けるという副産物もある。練習でも日々、使用。土江コーチは「ピンに頼らない分、接地などいい走り方をしないと走れない。それが自然と身に着く」と指摘する。上級者向けの難しい装備こそ、取り扱いができれば心強い。記録の安定度も生み出す下地となる。

すでに細かなカスタマイズも完了。桐生は右脚が進行方向に対し、外に流れる癖がある。また蹴る力は左の方が強い。それを自然に矯正し、力が発揮できるようにしている。加えて裁縫箇所を極力少なくし、フィット性も再現。「足裏全体で接地したい」と理想を実現できるよう反りも抑える工夫も詰まる。新相棒を装備し、桐生が強者との戦う。

◆主な競技結果を伸ばした道具 08年北京五輪前からスピード社の水着「レーザー・レーサー」を着用した競泳選手が世界記録を連発した。近年ではマラソン界ではナイキ社の厚底シューズが話題になっている。16年リオデジャネイロ五輪では男女マラソンのメダル全6個中5個を獲得。日本人でも大迫、設楽が、それを履いて日本新記録を出し、注目を集めた。