<フィギュアスケート:GPシリーズ第3戦・中国杯>◇8日◇上海

 ソチ五輪金メダリストの羽生結弦(19=ANA)が、不屈の滑りをみせた。ショートプログラム(SP)2位から逆転を期したフリー演技直前の6分間練習で、閻涵(中国)と大激突。体を強く打ち、顔から出血するアクシデントに見舞われたが、治療を終えるとフリー演技を滑りきった。5度のジャンプの転倒があり154・60点。合計237・55点で2位となったが、見る者の心を大きく震わせた。

 得点が表示され、その時点で首位に立つと、羽生は感情を抑えきれなかった。両手でテープが巻かれた顔を覆うと、止めどなく涙があふれた。気持ちを奮い立たせて4分30秒を滑りきった。張り詰めた心に、大きな安心感があったのだろう。大きく体を震わせると、そのまましばらく動けなかった。

 悲劇は演技直前に起こった。前半の5人が滑り終わったところで、後半6人の練習時間が始まった。6分間で感触を確かめていく普段通りの時間。体を回しながら後ろ向きにリンク中央へ向かったときだった。反時計回りに正面を向こうとしたところに、猛烈な勢いで閻が突っ込んだ。

 互いに顔面、全身にかけて激突。勢いで両者が大きくはじけ飛んだ。会場が一瞬で凍り付いた。そのままうずくまる羽生。真っ白なリンクが頭、あご付近からの血で赤く染まっていった。数分後、なんとか立ち上がると、おぼつかない足取りでリンクを去り、控室に消えた。もう誰もが演技は無理と思った。

 だが、再び観客の前に羽生は姿を現した。頭はテープでぐるぐる巻き。あごにも止血テープが貼られていた。そのまま鬼気迫る表情でリンクに入り、ジャンプの感触を確かめる。そして、滑る決意を固めた。

 冒頭の4回転ジャンプから影響は隠せない。トーループに続き、サルコー2度も転倒した。痛々しい姿に観客も息をのむが、滑りは止めない。後半のジャンプでも転倒が続いた。その都度スタミナを奪われながら、必死に体を動かした。脂汗を浮かべて、笑顔も何とか作り、左脚を引きずりながらリンクを降り、オーサー・コーチの胸に倒れるように飛び込んだ。

 同コーチは「ここでヒーローになる必要はないと伝えたが、彼の意志は固かった」と話した。教え子を「誇りに思う」と顔を紅潮させた。負傷した頭とあごの患部を縫ったという。同コーチによると、精密検査のため予定を変更して9日に帰国。GPシリーズ第6戦のNHK杯(28~30日)にエントリーしている。

 前日のSPは、「最悪の一言」と本人が振り返る出来だった。人一倍の負けず嫌いは「このままじゃ帰れない」と雪辱に燃えていた。そこで待っていたアクシデント。血まみれになりながら、痛みと闘いながら手にした1つの結果。18年平昌五輪へ向けた1歩は、大きな逆境に打ち勝つものだった。

 ◆スポーツと頭部負傷

 スポーツ界では脳振とうなどの頭部負傷の対応への意識が高まっている。国際サッカー連盟は診察で、試合を3分間止められるように規則を改定した。日本サッカー協会もJリーグにおける脳振とうに対する指針を策定。「脳振とうが疑われる場合は試合や練習から退くべき。短期間で回復したとしても試合復帰は避けるべき」としている。また、アメリカンフットボールのNFLでも頭部へのケア意識が飛躍的に向上している。