日馬富士(28=伊勢ケ浜)が26日、日本相撲協会の九州場所(11月11日初日、福岡国際センター)番付編成会議と理事会で正式に第70代横綱となった。新横綱の誕生は、白鵬以来5年4カ月ぶり。伝達式では「横綱を自覚して、全身全霊で相撲道に精進します」と口上を述べた。今日27日は新しい綱を作る「綱打ち」を行い、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)の指導で土俵入りを稽古。28日に明治神宮で奉納土俵入りを披露する。

 午前9時24分。待望の使者が来た。八角理事(元横綱北勝海)から、横綱昇進決定を伝えられた。日馬富士は、緊張した顔で「謹んでお受け致します」。少しの間が空いた後「横綱を自覚して、全身全霊で相撲道に精進します。本日は誠にありがとうございました」と続けた。

 約4年前、大関昇進時の「全身全霊」を今回も用い、新たに「自覚」という言葉を使った。「おかみさんに相談して、自分らしい言葉を選んだ。すべてを自覚して、一生懸命頑張る。そのままです」。伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)の淳子夫人は「自覚」に込めた思いを「大関と横綱は、全然違う。すべての力士の手本になるように頑張ってほしい。いろんなことを背負っていかないといけないですから」と説明した。

 2日前の夜、親方も交えて口上を決めた。「日馬富士」の名付け親となった出雲大社相模分祠の草山清和分祠長からは「修理固成(しゅりこせい)」という古事記から引用した4文字も勧められた。「横綱として、自分をつくり固めていく」という意味もあったが、最終的には話しやすく、自分らしい表現にした。

 同時にその夜、師匠から横綱としての心得も伝えられた。「これからは公の人間になる。私(わたくし)の時間はないと思え。世の中のためになる人間になれ。日馬富士の相撲を取れ」。背筋を伸ばして、神妙に聞いていたという。

 力士の最上位に立ち、将来のことも考えている。引退後も親方として日本に残るかどうか、母ミャグマルスレンさんは「ちょっと前に1度、話しました。(結論は)秘密です。母と息子の秘密ですよ」とし、日馬富士は「それは、またいつか」と明言を避けた。

 今日27日は綱打ち式がある。初めて綱を締める。伊勢ケ浜親方の指導を受け、土俵入りの稽古をする。明日28日、明治神宮で初披露。太刀持ちは安美錦、露払いは宝富士が務める。「1日1日を大事に、責任を持って、皆さんの基本と見本になる生き方をして、努力していきたい」と日馬富士。立場を自覚した第70代横綱が、誕生した。【佐々木一郎】<最近の横綱昇進口上>

 ◆千代の富士

 「横綱の名を汚さぬよう一生懸命頑張ります」(81年名古屋場所後)

 ◆曙

 「横綱の地位を汚さぬよう、稽古に精進します」(93年初場所後)

 ◆貴乃花

 「今後も不撓(ふとう)不屈の精神で、力士として不惜身命(ふしゃくしんみょう)を貫く所存でございます」(94年九州場所後)

 ◆若乃花

 「横綱として堅忍(けんにん)不抜の精神で精進していきます」(98年夏場所後)

 ◆武蔵丸

 「横綱の名を汚さぬよう心技体に精進いたします」(99年夏場所後)

 ◆朝青龍

 「なお一層稽古に精進し、横綱として相撲道発展のために一生懸命頑張ります」(03年初場所後)

 ◆白鵬

 「横綱の地位を汚さぬよう、精神一到を貫き相撲道に精進いたします」(07年夏場所後)<横綱土俵入りの型>

 日馬富士は、師匠と同じく不知火型で土俵入りする。白鵬も同じで、不知火型の横綱が同時期に複数いるのは初めて。

 ◆不知火型

 土俵入りのせり上がりの時、両手を左右に開く。積極的な攻撃を示すものといわれ、背に回った結び目の輪が2つ。第11代横綱不知火光右衛門の豪快かつ優美な土俵入りの型を踏襲したといわれるが、現在の土俵入りは第22代横綱太刀山の型を基にしている。

 ◆雲竜型

 せり上がりの時に、左手の先を脇腹にあて、右手をやや斜め前方に差し伸べる。攻めと守りの両方を備えるものといわれ、背に回った結び目の輪が1つ。第10代横綱雲龍の土俵入りの型を踏襲するものといわれるが、実際は第20代横綱梅ケ谷の華麗な型が基になっている。