プロ野球を取り巻く環境はさらに厳しくなってきた。というよりも、緊急事態宣言により、もはやスポーツイベントの開催可否よりも、生活をどう維持するのか。皆さんの関心はこの苦境を乗り越えることに注がれていると感じている。

私たちメディアは、プロ野球について、Jリーグについて、という各論にこだわらず、この難局を乗り越えた時、スポーツがある日常を存分にかみしめられるように、目線を上げた提言、提案をすべきだと思う。今回は、私が今まで強く感じてきたことを皆さんにも一緒に考えていただきたいと思い、私の考えを披露したい。

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私はプロ野球選手会が今こそ、サイン盗みとの決別宣言をすべきと考えている。

いきなり何を言うのか、と思うファンの方もいると思う。しかし、こういう時こそ、じっくり考えてもらいたい。プロ野球のある日常が戻ってきた時に向け、今まで以上にきちんとした理想を持ち、子どもたちやファンに、プレーを通して伝えるべきものを、明確にしておくべきではないか。

昨春、高校野球でのサイン盗みが大きな社会問題になった。これは、日本の野球界に長くサイン盗みに対するあいまいな解釈があり、表面化しては議論するの繰り返し、という状況があったから、と言える。

プロ野球ではサイン盗みは禁止されている。それを踏まえて強く言いたいのは、そのルールを超えて、プレーする主役の選手が、自発的にサイン盗みとの決別を宣言すべきであるということだ。

高校野球でも、指導要綱としてサイン盗みは禁止されている。しかし、全ての学校に徹底されているかと言えば、確証は得られない。プロ野球選手の源は高校野球。最高レベルのNPBに所属することができた選手たちが、総意としてサイン盗みとの決別の誓いを立てることは、非常に意義がある。

現役選手でも、監督、コーチ、スタッフ、あるいは評論家においても、サイン盗みの経験がある人は一定数いると思う。個々のケースを吟味できないが、率先してサイン盗みをした人もいれば、チーム方針から従わざるを得なかった人もいたと想像できる。

そうした背景を考えると、サイン盗みからの決別を明確に言いづらい人もいることは理解できる。だからこそ、決別宣言を区切りに、そこから先はプロ野球の主役である選手はサイン盗みをしないとファン、世界に向けて約束をすることは、未来志向という点からも大切な1歩になると思う。

残念なことに、MLBではアストロズのサイン盗みが大スキャンダルとして暗い影を落とした。と同時に、アストロズは組織的なサイン盗みによって、革新的な考え方だったフライボール革命を補完していた、ということもあらわになってしまった。ずるをしてつかんだ栄冠に、ファンは裏切られたと感じ、大きなショックが残ってしまった。

MLBがそのショックから立ち直ったかどうか。それは新型コロナウイルスのまん延によって、焦点がぼやけてしまっている。MLBの選手会も、今回のサイン盗みに対して団結して声明を出すような動きにはなってはいない。

ベースボールは米国の国民的娯楽。しかし日本でも、野球はファンの支えの下、文化として親しまれてきた。日本のプロ野球選手会が、世界に先駆けて「サイン盗みとの決別」を宣言することは、日本の野球選手の精神性の高さを広く示す絶好のチャンスともなる。

世界は今、新型コロナウイルスに苦しんでいる。強靱(きょうじん)な肉体と、強い精神を持つプロスポーツ選手は、何のためにファンにプレーを見せるのか、という根本的なテーマを掲げて準備し、来るべき日のグラウンドで、はつらつと、そして堂々とその勇姿を見せてもらいたい。

プロ野球は前代未聞の大混乱の中にある。野球ができる日常のありがたさを今、我々は身に染みて感じている。「ああ、やっと開幕できた」という日は必ず来る。その時、気持ちを新たに、見る方も全力で、やる方も全力で、一片の疑問も入らないフェアな戦いが繰り広げられること。それこそが、こんな暗い世相にふさわしい再スタートの瞬間ではないだろうか。(日刊スポーツ評論家)

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◆昨年センバツのサイン盗み騒動 3月28日の習志野-星稜戦で、星稜・林監督が4回表に習志野の二塁走者にサイン伝達行為があったと抗議。4回表1死二塁で、星稜側は球審に二塁走者の動きにサイン伝達の疑いがあると発言し、審判団が協議するもサイン伝達があったとの判断には至らず。試合後には、林監督が習志野の控室に2度乗り込み、習志野・小林監督に直接訴える異例の事態に発展。大会審判委員はサイン伝達はなかったとした。

◆アストロズのサイン盗み問題 昨年11月、15~17年にア軍に所属したファイアーズ投手(現アスレチックス)が、本拠地球場のセンターに設置したカメラで相手捕手のサインを盗んでいたと米メディア「ジ・アスレチック」の記事内で実名で告白。これを受けMLBが調査を開始し、今年1月に調査結果を発表。ア軍がワールドシリーズ初制覇した17年と18年途中まで不正なサイン盗みを行っていたと結論づけ、ヒンチ監督とルーノーGMの1年間職務停止、チームに罰金500万ドルなどの処分を科した。ア軍オーナーは処分発表直後に同監督と同GMを解任。また、ア軍コーチ時代にサイン盗みを主導したレッドソックスのコーラ監督も解任され、選手時代にサイン盗みに関与したメッツのベルトラン監督は辞任した。

2019年選抜高等学校野球大会、習志野対星稜 4回表習志野2死満塁、打者兼子の時、星稜・林監督から抗議を受け、話し合う審判団。右は投手奥川、手前は二塁走者の竹縄(2019年3月28日撮影)
2019年選抜高等学校野球大会、習志野対星稜 4回表習志野2死満塁、打者兼子の時、星稜・林監督から抗議を受け、話し合う審判団。右は投手奥川、手前は二塁走者の竹縄(2019年3月28日撮影)