日刊スポーツ評論家陣が小久保ホークス連覇の秘密に迫った。権藤博氏(86)は関わりの深い小久保裕紀監督(53)の決断力を絶賛。17年の第4回WBCでは投手コーチとして小久保監督を支えた球界のご意見番は、不測の事態にも動じない同監督の忍耐力をたたえた。
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私は監督に求められる最大の条件は「決断力」だと思っている。それが外れた際はたちまちクビになる宿命にある職業だ。小久保監督が抑えのオスナが戦線離脱すると、覚悟を決めて杉山を抜てきし、勝ちパターンを見いだしたのはチームの行方を左右した。
そのリーダーの決断が凝縮されたのは、終盤になった9月18日の日本ハム戦だ。同点の3回途中、ピンチを迎えた先発大関に代えて、同じ先発の松本晴を投入し、接戦に持ち込み、8回に勝ち越し。最後は7人目の杉山を投入し、3-2で逃げ切った。
シーズン131試合目の采配だが、小久保監督は“ここぞ”とみてムチを入れたわけだ。わたしだったら残り20試合か、30試合ぐらいからラストスパートをかけている。だが残り10試合ぐらいまでその時機を待ったのは、実に我慢強い監督だと思わせた。
わたしはダイエー投手コーチだったし、17年WBC大会も、監督、コーチの間柄だから気に留めた存在だった。後で聞いた話だと「あの試合、延長戦は考えていませんでした」ということだが、これも吉と出るか凶と出るかの勝負勘である。
3、4月には負け越したが、マラソンにたとえれば、まだ5キロ、10キロの地点だった。しかし、大補強をしてきたから、勝って当たり前とささやかれながらの戦いはきつかったことだろう。しかも、故障者が相次ぎ、地力をつけた日本ハムの追い上げにもあった。
柳田が長期離脱を余儀なくされ、近藤も故障、山川は不振を極めた。それでも我慢強い戦いで踏みとどまった。若手を起用し、ベテランの中村、今宮らも“いざ”という場面で力を発揮させた。
1年前のモイネロの先発転向、そして杉山の配置転換に示すように、小久保監督の忍耐と決断力、大将として腹を決めてチームを操った采配力が、勝利を導いたといえるだろう。




