「ついに」と言うべきか、「早くも」というべきか。ドラフト3位ルーキー巨人中山礼都内野手(19=中京大中京)が頭角を現してきた。これまではドラフト順位では下の5位だった秋広の方が、話題を集めることが多かった。身長2メートルという恵まれた体格への期待値とオープン戦での活躍。一方で負傷で離脱を強いられた中山は、じっくりと刀を研いでいた。

潜在能力の高さは、早くから高い評価を受けていた。キャンプ前、練習を遠巻きで見つめた原監督から「中山君、非常に目立ちましたね。(坂本)勇人に匹敵するぐらいいいものを持っているのではないかなと。かなり私の中では思っていた以上の選手であるなというふうに思いました」と絶賛された。春季教育リーグでも出場機会を得て、3月20日のイースタン・リーグ開幕戦にもベンチ入り。順調なプロ生活の幕開けに見えたが、そこからイースタン・リーグ初出場まで、約4カ月を要した。

出遅れた理由は負傷だった。3月30日、巨人は左肋骨(ろっこつ)骨折と発表した。以降は左腕をギプスでガチガチに固定して故障班でリハビリを重ねた。ジャイアンツ球場の室内練習場。ゴロを転がしてもらい、腰を落として、捕球体勢をとる。ボールはコロコロと股の間を通る。地道にも見えるトレーニングを黙々と、ひたむきに繰り返していた。中山が振り返る。「大半がけがのリハビリ期間が長くて。いろいろ野球について考える期間ができた。けがしてよかったとは思ってないですが、プラスにはなったと思います」と前を向いた。

ケガが癒えたら、すぐだった。3軍から実戦復帰すると、6月29日のロッテ戦でイースタン・リーグ初出場。先発にも定着し、五輪中断前には12試合で打率2割6分2厘の成績を残している。「Gドラフト会議」では阿部2軍監督に2位という順位で指名を受けた。常に中山のプレーを見ている阿部2軍監督の評価が潜在能力の高さの表れだろう。

五輪中断期間のエキシビションマッチでは後半戦への“サバイバル枠”として1軍メンバー入り。高卒ルーキーにとっては、1軍レベルの生きた球、打球、さらに先輩たちの振る舞い、練習方法、意識…。全てが将来、飛躍するための財産になる。「(後半戦は)1軍帯同できればベストかなと思ってますし、1軍で試合を重ねられれば」と冷静に後半戦へのテーマを定めている。

まだ19歳。将来へ向けて、じっくり研さんを積む時期。ただ、早く1軍で見てみたい-。ついついそんな期待をしてしまう魅力がある。【巨人担当 小早川宗一郎】