2018年(平30)8月18日、第100回記念全国高校野球選手権大会準々決勝。金足農(秋田)が近江(滋賀)を3-2で退けた逆転サヨナラ2ランスクイズは「カナノウ旋風」の象徴として強烈なインパクトを残した。驚きと感動が最高潮に達した状況の中で、ウイニングボールを巡るもう1つのドラマがあった。

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金足農の佐々木大夢主将は、スクイズを決めた斎藤璃玖のバットを片付けにベンチへ戻った。整列に駆け寄ると、本塁付近にうつぶせで悔しがる相手の有馬諒捕手が見えた。両手で抱きかかえ「来年また甲子園に戻ってこれるよ」と起こしてあげた。

直後、エースの吉田輝星に「ウイニングボール、オレにくれないか?」と言われた。何げなく「いいよ」と言うと、吉田は「向こうのチームにあげてもいいかな?」と意外な言葉を返した。

近江1点リードの9回裏無死満塁、カウント1-1からの3球目。近江の左腕、林優樹は直球を低く制球した。斎藤は腰を曲げ、三塁前へ少し強めに転がした。一塁手に送られた後、有馬への送球は、ほんのわずか三塁側にそれた。二塁走者の菊地彪吾が頭から突っ込み生還。ダイヤモンドの中で激しく動いたボールは、黒土に顔を押し当てたままの有馬の左ミットの中で、身を潜めていた。

両校の36人が整列すると、ボールは球審から佐々木、1秒もしないで吉田の左手に渡された。そこで冒頭のやりとりがあって、近江の中尾雄斗主将のもとへ近寄り、勝利球を右手に持ち替え、左胸に押し当てた。吉田は言った。「これだけお互いを尊敬しあえた勝負ができたのは初めて。ありがとう。監督さんも誕生日だったんだろ。これ、持っていってよ」。中尾は「こんな勝負をさせてくれて、こちらこそありがとう」と感謝した。勝利球は現在、近江の多賀章仁監督が大切に持っている。

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吉田がとっさに取った行動は、間近で見ていた佐々木の未来を変えた。1年の冬からバセドー病と闘い、卒業後はマネジャー転向を考えていたが、選手を続けることにした。「負けた相手側に『ありがとう』って言ってもらえるなんて本当にすごいと思った。勝ち負けを超えている。野球だけでなく、人間的にも、こんなことができる人がプロ野球選手になるんだなと思った。自分も選手を続けようと思えた」。日体大に入学し、監督として甲子園に戻る目標を掲げた。

強かったから旋風が起こった…だけではない。ただ純に白球を追い、相手への敬意を忘れない金足農の選手たちは、万人に響くスポーツマンシップを備えていた。佐々木は「吉田や、みんなとも話していたんです。『今思えば、近江がどのチームよりもまとまりがあって、強かったなぁ』って。まあ、大阪桐蔭は別格ですけれど…」。吉田は「もちろん監督さんにっていうのもありましたけれど、内容的には自分の負け。自分たちは次(準決勝)もチャンスがあったし、向こうは2年生も多かったですから」と振り返った。

劇的な2ランスクイズの直後、アドリブで描いた結末にこそカナノウ旋風の神髄はあった。(敬称略)【鎌田直秀】