米子東(鳥取)が86年以来の夏の勝利を飾ることができず1回戦で散った。同校は1915年の第1回大会から地方大会皆勤出場の伝統校。大正、昭和、平成、令和の4元号出場でもある。

エース森下祐樹投手(3年)は5回まで3安打1失点と好投を見せたが、6回2死から智弁和歌山の強力打線に3失点し交代した。「フォームが崩れて、修正できなかった。打たせて取るピッチングをしていたが、見切られて打たれてしまった」。後続の投手も4失点し、追いつくことができなかった。紙本庸由監督(38)は「前半、森下が良く投げてくれたが、地力の差が出た」と振り返った。

米子東は進学校でもある。勉強との両立も選手たちの課題だった。森下は「何をして何をしないかが明確になった。5~10分時間があれば、何ができるのか考えるようになった。(甲子園に出場でき)自分たちがやってきたことは正しかった」という。最後の夏を聖地でプレーできたことに「きれいな空、お客さんもたくさんいて、こんなところで野球ができて幸せだった」と話した。【南谷竜則】