全国高校野球選手権は6日に開幕した。春夏通じて初の甲子園出場の東京学館新潟は1回戦、大会第4日(9日)の第3試合で和歌山代表・市和歌山(7年ぶり6度目)と対戦する。
83年(昭58)創部の東京学館新潟野球部を大学新卒だった84年春から21年夏まで率いた長谷和昭前監督(62=現顧問)。創部40年でチームが初めて聖地に立つ試合を心待ちにし、活躍を期待している。同校野球部の基礎を築き、県内の強豪校に仕立てた前監督に思いを聞いた。
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長谷前監督は市和歌山との対戦を楽しみにしていた。現3年生は選手獲得に直接関わった最後の選手だけに勝利を強く願っている。
長谷前監督 ひとつでもふたつでも勝ち上がってほしい。出るだけでいいという考えは監督も選手もないと思う。3年生の成長ぶりはスゴい。何かを起こしてくれるんじゃないか、という期待感もある。
県大会決勝はスタンドで観戦。引率教員として全校生徒と野球部の応援が融合するよう、指導しながら初優勝の瞬間を迎えた。
長谷前監督 応援していたOBたちが駆け寄ってきて抱き合った。この場にいないOBたちのいろいろな顔、保護者たちの顔が頭に浮かんだ。
1期生が3年になった85年夏に県大会初出場で初勝利(新潟第一、3-0)。19年には準優勝に導いた。夏4強はほかに3回。北信越は春秋合わせ準優勝2回。県大会準決勝で新潟明訓に4-5で敗れた21年夏を最後に勇退した。
長谷前監督 とにかく甲子園を目指して練習した。若かった頃は夜の9時、10時までやった。辞めていく選手も出たが、そのたびに家庭訪問して引き留めていた。当初は声を出すこと、キビキビ走ること、あいさつを徹底した。準優勝翌年の20年が60歳でその年齢を区切りに引退しようと思っていたが、コロナで大会が中止になり、引退は21年夏に延びた。
監督と部長で長年コンビを組んできた前部長の旅川佑介監督(41)に次代の東京学館新潟野球部を託した。現チームは「新時代」をスローガンに戦い、甲子園初出場というまさに新時代を切り開いた。学校では毎日、応援体制を整えるための会議。居残り選手約60人の指導を引き受ける。その間、うれしいサプライズもあった。
長谷前監督 県大会優勝から数日して旅川(監督)から「外野ノックのノッカーをやってもらいたいと思っています」と言われた。その言葉に甘えようと思っている。
◆長谷和昭(はせ・かずあき)1961年(昭36)2月17日生まれ、新潟市出身。新潟商-国士舘大。高校時代は強肩、俊足の中堅手で1番打者。白根一中時代から高校野球の指導者を夢見ていた。担当教科は地歴公民。野球部顧問で普段は1年生を指導している。

