春の九州王者で4年連続出場の明豊(大分)が小松大谷(石川)に4-8で力負けし、2大会連続で初戦敗退した。悔しい敗戦の中、2番高木真心(しん)外野手(3年)が2安打1打点の活躍。3-3の6回2死一、三塁で、一時勝ち越しの右前適時打を放った。5月に右手の有鉤(ゆうこう)骨を骨折。手術を受けて高校最後の夏を迎え、チームのためにバットで奮闘した。興南(沖縄)は大阪桐蔭に敗れ、6年ぶりの聖地1勝を逃した。

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涙ながらに、明豊ナインは一塁側アルプスの応援団に最後のあいさつを終えた。「日本一」を掲げた夏が、初戦で終わった。誰もが泣き崩れ、言葉が出ない。高木は「最後の夏だったので。もう終わってしまったことが一番…。ただ、悔しい気持ちでいっぱいです」。目を赤く腫らし、振り絞った声は震えていた。

意地は見せた。3-3の6回2死一、三塁。真ん中高めチェンジアップを捉え、一時勝ち越しの右前適時打を放った。「チャンスの場面は『自分のもんだ』と思って。自信を持って打席に入れた」。0-3の1回無死一塁ではセーフティーバント(捕安)で好機を拡大。50メートル5秒9の快足を飛ばした。走って、打っての2安打に「やり切ることはできた」と胸を張った。

5月下旬に右手首上部にある有鉤(ゆうこう)骨を骨折。手術を受け、復帰は7月上旬だった。「以前の感覚をつかめなかった」。本来の調子を取り戻せず、焦りと不安を募らせた。悩める高木に、川崎絢平監督(42)が手を差し伸べた。「監督さんが練習の最後にボールを投げてくれて」。打撃投手を務めてくれた。高木は意気に感じながらバットを振った。「監督さんに感謝しかないです」。今も手に痛みは残る。手負いの状態で、感謝の一打を放ってみせた。

2年春を除いて、自身は4度、甲子園に出場した。「やっぱり最高の場所です。すごくいい経験ができて、人間性の部分でもすごく成長できた」。胸を張って、慣れ親しんだ夢舞台を後にした。【佐藤究】

◆高木真心(たかぎ・しん)2006年(平18)9月3日、熊本・合志市出身。小学4年から野球を始め、明豊中では軟式野球部に所属。明豊では1年夏からベンチ入り。好きな言葉は「精神一到」。50メートル走5秒9、遠投85メートル。169センチ、64キロ。右投げ左打ち。