<高校野球宮城大会:聖和学園8-6東北学院榴ケ岡>◇8日◇2回戦◇蔵王

 「レジェンド」の孫が輝いた。元プロ野球選手の醍醐猛男氏(75)の孫、聖和学園(宮城)・醍醐純平(3年)が決勝二塁打を放った。1点差を追いついた6-6の9回1死二塁。代打で登場し、初球の外角速球を右翼線へ運んだ。「頭の中、真っ白でした」と興奮していた。偉大な祖父がスタンドで見守る中、東北学院榴ケ岡を破って初戦を突破した。

 猛男氏は早実時代に王貞治(現ソフトバンク会長)とバッテリーを組んだ。57年に毎日オリオンズ(現ロッテ)に入団し、捕手としてプロ18年間で1132安打を記録。71年には2試合にまたがる4打席連続本塁打を放った球界の「レジェンド」。孫の公式戦を初めて観戦した猛男氏は「よくあの場面で打ってくれた」と手放しで喜んだ。

 純平も祖父と同じ捕手で、背番号2。リード面で課題があるため先発を外れたが、小野浩史監督(31)は「代打の切り札」と言う。その期待に応え、わずか1打席、初球を捉えてチームを救った。2年秋に盲腸を患い、今春初めてベンチ入り。猛男氏に小さい頃から教わった「三振を怖がらない気持ちが大事」を、最初で最後の夏に実践した。

 親戚に勧められ、東京から宮城にやって来た。だが伸び悩んだ。「野球をやめようと思った」と、1度東京に戻った。その時、猛男氏から「やる気があるのか」としかられた。だからこそ、純平は言う。「試合に出してもらえることがありがたい」。

 2年前、昨年とチームは準決勝で敗れた。「目標は甲子園」と言い切る。聖和学園初の頂点こそが、「一番のあこがれ」という祖父への恩返しだ。【久野朗】

 ◆醍醐純平(だいご・じゅんぺい)1996年(平8)11月22日、東京・豊島区生まれ。駒込小4年の時に大塚スネークスで野球を始め捕手。巣鴨北中では新宿シニアに所属し、浅間大基投手(横浜3年)とバッテリーを組み、全国大会ベスト8。178センチ、78キロ。右投げ右打ち。家族は母と祖父母。

 ◆醍醐猛男(だいご・たけお)1938年(昭13)11月15日、東京都生まれ。捕手。早実では2学年下の王貞治とバッテリーを組んだこともある。57年毎日(現ロッテ)に入団し、1年目から113試合出場。71年7月3、4日東映戦で2試合にまたがり4打席連続本塁打。通算18年で1775試合、4843打数1132安打(打率2割3分4厘)、81本塁打。オールスター出場4度。75年引退後は2軍監督やスカウトを務めた。現役時代は181センチ、80キロ。右投げ右打ち。現役時代の登録名は猛夫。