1度だけ鳥谷敬氏に尋ねたことがある。

引退試合をできなかった後悔はありませんか?

「いや、別に…」と即答で笑い飛ばされた。

「個人的には、最後に光を浴びて終わりたいという気持ちもなかったから」

そう切り出した後の続きに、本音が凝縮されているように感じた。

「もちろん、松坂大輔さんみたいに、背負ってきたものがある方々はやるべきだと思う。『~世代』と呼ばれる人はそうそう現れないから。でも、自分はそういう選手ではない」

現役時代から常に自分に厳しく、必要以上の注目度を好まなかった。鳥谷氏らしい考え方だった。

昨年10月31日、現役引退の意思をロッテ球団に伝えた。レギュラーシーズン最終戦を終えた翌日だった。チームは最後までオリックスと優勝を争い、141試合目にV逸。確かに、引退試合を模索できるタイミングは限りなく少なかった。

現役最終年は7月中旬から2軍暮らしが続いた。2位で進出したクライマックスシリーズ中の実現に関しても「チームに迷惑をかけたくない」という心情から現実的ではなかった。

「先に順位が決まっていたら、お願いしてやってもらう選択肢もあったかもしれない。自分のためというより、家族やお世話になった人たちに見てもらうという意味合いで。でも、それもタイミングが合って初めて実現できる話だから」

とはいえ、阪神16年間とロッテ2年間で通算2099安打を記録し、プロ野球歴代2位の1939試合連続出場も達成したスター遊撃手のフィナーレだ。翌年のオープン戦でセレモニーだけでも…。そんな声も聞こえてくる中、本人は素早くスイッチを切り替えたそうだ。

「コロナでお客さんに来てもらうのも難しい中、1人だけのためにそこまで無理をしてもらうのもね。個人的にも、いろいろ心配するぐらいなら、サッと次のステップに進んだ方が楽かなと思った」

振り返れば、鳥谷氏は現役引退を球団に報告する直前の10月31日朝、人知れずロッテ2軍本拠地の浦和球場に足を運んでいる。ロッカーの荷物をすべて撤去するためだった。

「あの日以来、バットを振りたい、ボールを投げたいという気持ちは一切ない。できることは全部やり切ったし、心残りはない」

ひとかけらの後悔も残らないほど努力を積み重ねられたからこそ、新たなステップを迷いなく踏み出せたのだろう。

引退から数週間が過ぎた昨秋には、偽らざる胸中も明かしていた。

「『野球選手の鳥谷敬』は過去のもの。ここからは40歳のおじさんとして、社会貢献だったり、野球選手を目指す子供を増やしたり、自分の価値を新しく作り直していきたい」

その言葉通り、現在は日刊スポーツ評論家をはじめ多方面で活躍中。今週末には古巣対決となるロッテ-阪神戦を初解説、初評論する。

1年前の5月下旬、両チームは甲子園で激突している。3連戦の初戦は鳥谷氏が603日ぶりの聖地で逆転勝利を呼ぶ適時打を記録。3戦目は19歳佐々木朗希がプロ初勝利を挙げた。

あれから1年。先輩は野球評論家に就き、後輩は完全試合も達成するスーパー投手へと変貌を遂げている。時の流れは速く、そして面白い。

佐々木朗希は今回、5月27日の阪神3連戦初戦に先発予定。鳥谷氏は「令和の怪物」と虎打線の再戦をどう感じるのだろうか。注目の一戦、あらゆる角度から興味は尽きない。【遊軍 佐井陽介】