元早大野球部監督の応武篤良(おうたけ・あつよし)氏が7日、亡くなった。64歳だった。
母校・崇徳の監督を18年から務めていたが、闘病のため今年7月1日に退任。総監督に就任していた。
1958年(昭33)5月12日、広島県生まれ。現役時代は捕手として活躍し、崇徳(広島)で76年春のセンバツで優勝。早大ではリーグ連覇を経験し、新日鉄広畑時代はソウル五輪に出場した。
現役引退後は新日鉄君津で監督、日本代表コーチを歴任。早大のコーチを経て、05年春から監督に就任。最後の年となった10年には、元日本ハム・斎藤佑樹氏、西武・大石達也2軍投手コーチ、楽天・福井優也投手を擁して神宮大会初優勝を飾った。
▽斎藤佑樹氏 数日前まで連絡を取り、また元気な姿にお会いできると思っていました。たくさんのことを教えていただきました。ご冥福をお祈りします。
▽西武大石達也2軍投手コーチ 謹んでお悔やみ申し上げます。応武監督は、野手として早稲田に入学した自分を投手として育ててくれました。僕自身、投手をやりたいとずっと言っていたのですが、入学してすぐにばったりお風呂で一緒になった時に、『ピッチャーやりたいのか』と声をかけてくれたんです。翌日からピッチャーとしての練習を始めました。本当に感謝しています。
▽楽天福井 応武監督のご逝去を知り、残念でなりませんし、うまく言葉が見つかりません。早稲田大学に来いと熱心に言ってくれたのが応武監督で、その熱意のおかげで1浪する覚悟ができ、早稲田に入ることを決めました。応武監督の熱意がなければその覚悟もつかなかったですし、プロにも行くこともかなわず、今の自分はなかったと思います。「福井が一番プロ向きだ」と言ってくれた言葉が今でも一番心に残っています。1日でも長くプロの世界で野球をしている姿を天国からしっかり見てもらって、恩返しができるように頑張りたいと思います。ご冥福をお祈りいたします。



