高校野球の広島商で選手、監督として全国制覇を果たした竹原(広島)の迫田穆成(さこだ・よしあき)監督が1日、病気のため死去した。84歳だった。迫田監督の下、73年センバツで準優勝、同年夏には全国優勝を果たした達川光男氏の追悼コメントは以下の通り。

迫田さんの話は「迫田マジック」といわれる采配に目が行きがちだけど、よく覚えているのは「人をけなすのはダメ」「常に感謝せえ」という言葉だった。相手の捕球が下手な捕手で、こっちが三塁に走者を置いても「パスボールあるぞ」と言うんじゃなく、「ワンバウンドあるぞ」みたいに言う。甲子園の決勝で静岡にサヨナラ勝ちしたとき、監督は「勝った」と言って喜ばずに「2位のチームがいてくれたおかげで優勝できた」と言っていたのをよく覚えている。人としての在り方を教えてくださった方です。

プロに入って「勝てると思わんかったけど、負けるとも思わんかった」「打てると思わんかったけど、打てないとも思わんかった」というコメントばかり言っていたのも、その影響。マスコミのみなさんには面白くないと言われ続けたけどね。

11月26日、ちょうど広島商と竹原の練習試合が広島商であったんだけど「体調不良で行けないからタツ、見てやってくれ」と電話があった。竹原のベンチに入って、迫田さんが日ごろから言われているであろうことを選手たちに伝えました。試合後に監督へ報告の電話したら「タツ、ありがとう」と話したのが最後になった。昨日、弟の守昭さん(福山高監督)から「もう、長くないかもしれん」と電話があったので、覚悟はしとったけど。

(73年)夏の優勝メンバーは、エースだった佃や二塁を守っていた川本たちも既に亡くなった。迫田さんもあっちの世界にいって、もう新しい野球チームをつくっているんじゃないかな。じきに、自分もそっちに行くよ、と。そんな悲しい気持ちです。