<阪神1-7広島>◇12日◇スカイマーク

 広島に「必殺仕事人」が登場した。広島前田智徳外野手(38)が約2年ぶりの本塁打を放ち、復活ののろしをあげた。2点リードの6回1死一、三塁、阪神の新人二神一人投手(22=法大)から右翼席へ代打3ラン。本塁打は08年5月25日以来で、その仕事ぶりに野村監督もうなった。昨季は1、2軍とも出場はなし。今季は代打の切り札としてチームに力を尽くす。

 久々の感触だった。1点を追加してなおも6回1死一、三塁。前田智は代打で登場した。ルーキー二神の初球、内角への135キロの直球をバットが確実にとらえた。高く舞い上がった打球は、右翼席最前列へ飛び込んだ。オープン戦とはいえ、本塁打は08年5月25日の交流戦(対ロッテ)以来の1発。「チャンスだったので、最悪外野フライで最低限の仕事をしようと思っていた。初球から行くつもりでした」と、さび付いてないバットコントロールをアピールした。この一振りで、勝負は決まった。まさに必殺の仕事人ぶりだった。

 昨季は、腰痛や太もも痛など下半身に不安を抱え、実戦から遠ざかった。開幕メンバーからも漏れ、1度も1軍に上がることなくシーズンを終え、1、2軍通じて1試合も試合に出られなかった。試合出場ゼロは、プロ入り以来初めてのことで、オフには5000万円近い大減俸も経験した。

 だが、今季は野村新監督のもと、1軍キャンプにも帯同、復活を目指してきた。全幅の信頼を置く指揮官からは調整法を任され、マイペースで調整を続けてきた。毎日1~2時間という入念な体のケアも行いながら準備し、オープン戦3試合目の出場で天才バットマンとしての実力を見せつけた。

 マツダスタジアムの元年となった昨年。野手総合コーチの緒方がボロボロになりながら戦い抜いた一方で、本拠地にほとんど姿を現すことはなかった。もちろん自分専用のロッカーがあった。しかし昨季は1度も昇格できず、2軍戦にも出られなかったため、リハビリ組が調整する3軍でほとんどの日々を過ごした。廿日市市の大野練習場に通うのが日課。自分のために用意された真新しいロッカーを使用することもなかった。久々にファンの前に姿を現したのは最終戦。緒方の引退試合で花束を渡すと、大きな声援を浴びた。「弁当を投げられるかと思った」と、内心思っていたという。野村監督就任後は、秋季練習から1軍で、マツダスタジアムで過ごす機会も増えた。ロッカーが生活感であふれるようなら、それは完全復活への兆候となる。

 21年目のシーズン。「余裕はない。頑張らないと1軍に残れない立場なので。1発?

 (それで生き残れるような)甘い世界じゃない」と控えめだったが、ベンチにいるだけで、相手に継投策などで考えさせることもできる。一振りに徹する仕事人が、チームの切り札となる。【高垣

 誠】

 [2010年3月13日9時31分

 紙面から]ソーシャルブックマーク