ボクシング世界王者を3人育てた三迫ジム名誉会長の三迫仁志氏が、1日に都内の病院で死去した。85歳だった。14年に会長の座を長男貴志会長代行に譲った後も、所属選手の試合はリングサイドで観戦していたが、最近体調を崩して入院していたという。

三迫氏は愛媛・新居浜市生まれで、50年に明治高へ転校して野口ジムからプロデビュー。明大在学中の55年に日本フライ級王者、2カ月後に東洋同級王者となった。世界ランク4位までいったが、世界挑戦のチャンスに恵まれなかった。

58年に現役を引退し、60年に三迫ジムを開設した。桜井孝雄が64年東京五輪で日本初の金メダリストとなると、大争奪戦の末に獲得してプロデビューさせた。71年には土木作業員で25歳デビューの輪島功一に、WBA・WBC世界スーパーウエルター級王座を獲得させ、その後も2度王座に返り咲かせた。さらに三原正、友利正と3人の世界王者を育てた。WBA世界ミドル級王者の村田諒太は、三迫ジムから12年にプロデビューした(のちに帝拳ジムへ移籍)。

三迫氏はプロモーターとしても数多くの世界戦を手掛け、日本ボクシング界の発展に尽力し、日本プロボクシング協会会長も務めた。現在のジムは東武東上線東武練馬駅近くにあり、10年に道路拡張でガラス張りに建て直すと11年グッドデザイン賞を受賞している。

通夜は9日午後6時、告別式は10日午前10時から、桐ケ谷斎場(東京都品川区西五反田5の32の20)にて。喪主は妻の三迫久子さん。