7場所連続で休場していた炎鵬(29=伊勢ケ浜)が、420日ぶりに涙の本土俵復帰を果たした。167センチ、100キロ足らずの小さな体で館内を沸かせる現役屈指の人気者。東前頭4枚目まで番付を上げ、19年名古屋場所では技能賞受賞。だが十両だった昨年夏場所9日目に敗れた貴健斗戦を最後に、脊髄損傷や首の大けがで土俵を離れ、一時は日常生活もままならず引退も考えた。番付は序ノ口まで陥落。清水海(境川)に敗れたが、大勢のファンを魅了した。
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普段は人もまばらな全体2番目。午前9時30分過ぎに、500人近いファンが駆けつけていた。取組前から「炎鵬~!」の声は途切れない。今は販売していない、しこ名入りタオルを持参し、掲げる人も多数いた。初めて番付にしこ名が載った17年夏場所以来、7年ぶり2度目の序ノ口土俵は「その時よりも緊張した」。日大出身のホープを相手に「自分がやってきたことを見せたかった」と真っすぐぶつかり、上手出し投げに敗れた。待ち望んだ本場所に「最高です」と笑い、周囲の支えに「感謝しかない」と涙。420日分の思いを込めた一番だった。
「相撲はあきらめてください」。首の大けがで、医師から引退勧告を受けていた。当初は日常生活どころか、立ち上がるのも困難。「引退を考えたことは…。ありました。何十回、何百回も」。それでも諦めず、昨年末に実戦的な稽古を再開。光が差し込んできた。
だが所属していた宮城野部屋の閉鎖。今春に伊勢ケ浜部屋に転籍すると、同部屋となった横綱照ノ富士に「このままじゃ無理だよ。その番付なりの相撲しか取れない」と突き放された。大関から序二段まで番付を落とした後、横綱に上り詰めた経験者に、覚悟の足りなさを指摘された。その厳しくも愛情あふれた言葉も自身を奮い立たせる原動力になった。恐怖心が完全に消えるまで稽古を重ね、迎えた今場所。「命懸けと言ったら大げさだけど、いつ最後になってもいい」。7年前は7戦全勝で駆け抜けた序ノ口でつまずいた。次は回り道しながら関取復帰に挑む。【高田文太】

