宮沢りえ(50)が21日、東京・新宿バルト9で行われた主演映画「月」(石井裕也監督)公開記念舞台あいさつで、実際に起きた障がい者殺傷事件を題材にした小説を原作にした作品から「逃げたくないと参加しました」と声を震わせた。

「月」は、相模原市で起きた障がい者殺傷事件をモチーフにした作家・辺見庸氏(79)氏の小説の映画化作品。宮沢は、深い森の奥にある重度障害者施設で新しく働くことになった“書けなくなった”元有名作家の堂島洋子を演じた。目を潤ませて登壇すると「皆さまが映画を見た余韻を、打ち消してしまうようで申し訳ない気持ちもありますが…今日、この日、とても貴重な時間の中、この映画を見に来てくださって、ありがとうございます」と観客に呼びかけた。

「月」は、辺見氏が事件を起こした個人を裁くのではなく、事件を生み出した社会的背景と人間存在の深部に切り込まなければならないと感じ、語られたくない事実の内部に潜ることに小説という形で挑戦した原作を18年「新聞記者」などを手がけ、22年6月に72歳で亡くなったスターサンズ代表の河村光庸さんが、日本社会に長らく根付く、労働や福祉、生活の根底に流れるシステムへの問いと、複眼的に人間の尊厳を描くことに挑戦できる題材としてプロデュース。監督として、10代から辺見氏の作品に魅せられてきた石井監督に白羽の矢を立てた。

宮沢は、河村さんが亡くなったことを踏まえ「企画、プロデュースされた河村さんが撮影直前にお亡くなりになられた。最初にお会いした時に、この映画についての熱意を伺って、私自身…平和なのか、殺伐とした今の世の中。日本だけでなく世界中で、いろいろなことが起きていて。生きていくために保身してしまう自分に対して、もどかしさがあったりして。その中で…でも日々の幸せを感じたり、もどかしく感じる自分の人生があって」とオファーを受けた当時の葛藤を振り返った。そして「河村さんのお話を伺った時、この作品を通して、もどかしさを乗り越えたいという気持ちが、すごく湧いて。内容的に賛否両論ある作品だと思いましたけど、ここから逃げたくないと参加しました。河村さんという核がいなくなった中、監督、キャスト、スタッフは混乱しましたが何とか完成させたいという熱があって、背中を押されて演じきりました」と演じた思いを語った。

舞台あいさつの最後に「すごく本当はドキドキして手にいっぱい汗をかいて、こういうことを話したいなと思ったことが全部、話せたとは思わないけれど…」と言い、宮沢は手の汗を拭った。そして「日々、生きていく中で、見たくないこと、聞きたくないこと、触れたくないことがこの世の中にはゴロゴロある。そのフタを開けることは、すごく勇気、エネルギーがいる。開けて向き合った時、決してポジティブではないかも知れないけれど、そのことについて考え、話すきっかけになる映画で会って欲しいし、皆さんの記憶にベッタリこびり付く作品として広がっていって欲しいと思う」と訴えた。

舞台あいさつには、洋子を「師匠」と呼ぶ夫の昌平役で、16年の映画「湯を沸かすほどの熱い愛」に続き、宮沢と夫婦を演じたオダギリジョー(47)、洋子の施設の同僚職員で絵の好きな青年さとくんを演じた磯村勇斗(31)、作家を目指す陽子を演じた二階堂ふみ(29)も登壇した。

◆「月」堂島洋子(宮沢りえ)は、夫の昌平(オダギリジョー)とふたりで、つつましい暮らしを営んでいる中、重度障害者施設で働き始め、光の届かない部屋で、ベッドに横たわったまま動かない、入所者の“きーちゃん”と出会う。生年月日が一緒で、どこか他人に思えず親身になっていくが、職場は決して楽園ではなく、洋子は他の職員による入所者への心ない扱いや暴力を目の当たりにする。そんな世の理不尽に誰よりも憤っているのは、さとくん(磯村勇斗)だ。彼の中で増幅する正義感や使命感が、やがて怒りを伴う形で徐々に頭をもたげ“その日”が、ついにやってくる。