衝撃的な辛口エールだった。10日に行われた日本サッカー殿堂掲額式典。表彰された木村和司氏(64)はW杯を控える日本代表について「一番は自分たちが楽しんで、みんなを喜ばせてほしい」と期待した後、技術的な部分に触れて「そんなに、うまくないから」。ポツリと本音を漏らした。

その言葉には、代表への熱い思いとともに愛情や期待が詰まっている。「うまい」とはプレーで見ている人を感動させて、喜ばせること。もちろん代表は勝つことが大切。ただ、勝敗だけではないものも求めた。

確かに、木村氏はうまかった。伝説の85年W杯最終予選韓国戦の直接FK。蹴り出しで相手GKを右に動かし、強烈なカーブでボールを左に曲げた。ボールやスパイクが進化した今ならば珍しくもないが、当時は世界的にも「魔術」のレベル。国立を埋めた大観衆にW杯の「夢」を見せた。

最も輝いたのは80年代前半。日産や代表でFKやCKを直接決め、アシストを量産した。FKだけではなかった。緩急のパスでFWを走らせ、ドリブルで欧州や南米の世界的なDFを翻弄(ほんろう)した。「日本で印象に残った選手は?」と聞かれた相手監督は、決まって「背番号10」と答えた。

日本代表の「10番」だったラモス氏も日本リーグやJリーグ選抜では10番を譲った。「ドーハの悲劇」前には、引退間近だった木村氏の代表復帰を当時のオフト監督に直訴。「ワンポイントで出れば、日本をW杯に連れていく力がある。10番は和司に」と熱弁した。

殿堂式典の翌11日、木村氏とともに80年代を支えたレジェンドが高知にいた。カズの鈴鹿と対戦したJFL高知ユナイテッドSCの西村昭宏GM(64)と試合をテレビ解説した金田喜稔氏(64)。ともに木村氏の「うまくない」には「和司らしいな」と笑った。

広島工高、日産、日本代表で一緒の金田氏は「和司は言葉が足りない」と苦笑いしながらも「今の選手の技術レベルが高いのは、和司も分かってるはず」と前置きし「うまくないのは、頭の中。攻撃のアイデアとかの部分」と話した。

ヤンマーで対戦し、代表でともに戦った西村氏は伝説のFKに詰め、韓国ゴールからボールを拾った。「あの軌道には驚いた。足も速くないし、体も大きくない(168センチ)けど、守備の穴を突くのが抜群。駆け引きがすごかった」。U20代表監督などで多くの選手を見てきたが「うまさでは一番ですね」と話した。

基礎技術は当然。その上で豊富なアイデアを持ち、見ている人を驚かせ、喜ばせる。サッカーの楽しさを見せ、夢まで見せる。そんな代表を期待するから「そんなに、うまくない」という本音が出た。「三笘とかうまい選手は何人もおる。だけど、チームとしてはのう」と言葉少なに言った。

スピードが増し、コンパクトになり、ボールを変化させるのも苦でなくなった今、かつてのように「背番号10」が輝くことができるかは分からない。それでも、アマチュアの時代にプロとしてガラガラのスタンドに「うまさ」でファンを呼ぼうと奮闘した木村氏。「らしい」言葉は辛いだけではなく、深く、そして重い。【荻島弘一】

W杯メキシコ大会アジア最終予選日本対韓国 前半終了間際、「伝説のフリーキック」を決める木村和司(1985年10月26日撮影)
W杯メキシコ大会アジア最終予選日本対韓国 前半終了間際、「伝説のフリーキック」を決める木村和司(1985年10月26日撮影)
鹿島戦でパスを出す横浜M木村和司(1993年7月3日撮影)
鹿島戦でパスを出す横浜M木村和司(1993年7月3日撮影)