首位のFC町田ゼルビアがロアッソ熊本を3-0で下し、勝ち点78としてクラブ史上初のJ1昇格を決めた。3試合を残してJ1自動昇格圏内の2位以上を確定させた。
昨年15位から、生まれ変わった大躍進。導いた黒田剛監督(53)は、昨季まで高校サッカー界の名将だった。青森山田高で「全国3冠」を含む日本一7度。28年間の高体連生活に別れを告げ、今季から新米となって町田の指揮官に就いた。プロの指導者としては初のシーズン。2種(高校年代)では無敵でも、向けられた懐疑の目と重圧を乗り越えて1年目から結果を出した。
努めて明るく歓喜の渦に吸い込まれたが、やはりスタッフと抱き合った際には目は赤くなっていた。
黒田監督「今日ここまでの1週間、生きている心地がしなかった。この1年間、全員が昇格のために誠実に向き合ってくれた。仲間のために走りに走って、昇格という町田の歴史を変えるために、心を込めて戦ってくれた。感謝の気持ちでいっぱい。町田市43万人に感謝したい。日々不安と背中合わせで、毎晩寝られないような時期もありましたけど、28年間の高校サッカー経験があったからこそ、今年チャレンジできました。次の節はホームラストゲーム。優勝して最高の恩返しがしたいです」
胴上げも「優勝までは」と29日のツエーゲン金沢戦(町田GIONスタジアム)まで辞退した。
この試合も、教え子が歓喜をもたらしてくれた。先制は、青森山田時代から教えるMF宇野禅斗(19)。熊本が攻勢を強め、オフサイドで取り消された失点もあった中、同じ雪国で闘ってきた高卒2年目が流れを変えた。前半44分、同じく青森山田の1年先輩であるDF藤原優大からパスを受け、右足を振り抜いた。無回転ぎみの強烈なボールがゴール左に突き刺さる。先生を、いや監督を安心させた。
1-0の後半7分には6試合ぶりスタメンの10番MF高橋大悟、同16分にはMF下田北斗が2戦連発の3点目を決め、勝負を決めた。勝てばいい試合で、特に後半は盤石の展開。まだ10月ながら悲願を早々に成し遂げた。
一時はJ1ライセンスも取得できないクラブだったが、再生した。18年10月にサイバーエージェントが経営参画。メインスポンサーとなり、藤田晋社長が体制を大きく変えた。クラブハウスやスタジアムを改修し、クラブ史上最大規模の大型補強で陣容を刷新。今季は他クラブに移籍した選手も含めて計30人が出場した中、10試合以上に出場した選手は23人おり、うち16人が今季から加入した選手だ。
19年にJ1横浜でリーグ優勝を経験したFWエリキを推定2億6000万円の移籍金で獲得し、J2では破格の賭けに出た。オーストラリア代表FWミッチェル・デュークもスカッドに加え、リーグ最多の73得点(昨季51得点)。高校時代からの武器だったロングスローも臆することなく取り入れた。前年15位から、てっぺんまで浮き上がるようだった。
そこに黒田監督が「青森山田流」守備を持ち込んだ。J2で昨季42試合50失点から今季は3番目に少ない34失点と堅実に整備。アマチュアからプロに転じても成功を収める指導者の、前例にもなった。高校サッカー→Jリーグ監督の先人は市船橋(千葉)を選手権で4度の優勝に導き、群馬、松本、今治を率いた布啓一郎氏が有名だが、J1昇格は果たせず。黒田監督が初めて、転身1年目にして壁を破った。
「就任前は半信半疑どころか懐疑的な言葉の方が多かった中、次にチャレンジする者に対して弾みがつくことにもなるだろうし、高体連の名誉と価値を高めるものにもなる」。そう信じてプロの世界に挑んだ覚悟が、報われた。
系列の青森山田中では48歳で副校長。人間教育が本領で、プロでも教え子を伸ばしてゼルビアの宿願を成就した。東京にまた1つ、J1クラブが誕生した。【岡崎悠利】
◆黒田剛(くろだ・ごう)1970年(昭45)5月26日生まれ、札幌市出身。登別大谷(現北海道大谷室蘭)-大体大。94年に青森山田のコーチに就任し、95年から監督を務める。23年からJ2町田の監督に就任。全国高校総体は05、21年に優勝。全国高校選手権は16、18、21年度に優勝。プレミアリーグEASTは16、19、21年、同ファイナル(旧チャンピオンシップ)は16、19年に優勝。22年に勇退。尊敬する人物は元日本代表監督の岡田武史氏。家族は夫人と1男1女。血液型O。
奥山政幸主将「これだけ多くの方に足を運んでいただいて、町田市内ではPVも。クラブと町がひとつになってつかんだ悲願。ありがとう、と、おめでとう、という思いです」
高橋「いろんな人への感謝の気持ちでいっぱいです。シーズンの中で悔しい思いをしても腐らなかった選手の思いが、今日の僕のゴールにつながった。たくさんのストレスを感じながら、踏ん張って踏ん張って、ここまで来た。一丸で勝ち取ったものです」



