奇跡を「2度は起きえないこと」と定義するならば、W杯カタール大会1次リーグで、日本が下馬評を覆してドイツとスペインを撃破した事実は、奇跡ではないのだろう。舞台は世界の頂を競うW杯。しかも2戦ともに前半に先制されてからの逆転勝利。地力がなければとてもできない。アッパレと言うほかない。

後半開始後の“心のスイッチ”が入った日本のすごかったこと。逆転の2点目。MF三笘薫がスライディングしながらボールをゴールラインからすくい上げた、あのミリ単位の差に、ゴールへ向かう選手たちの強い気持ちが凝縮されていた。サッカーが戦術や技術以前に、メンタルのスポーツであるということを、あらためて実感させられた。

今大会の日本は26人中19人が海外組。欧州のクラブに体1つで飛び込み、外国人選手として日々の練習から厳しい競争に身を置き、「毎日が崖っぷち」の孤独な戦いを生き抜いてきた。過酷な歳月で技術の向上以上に、何よりも心が磨かれたのだろう。だから大国相手の逆境にも、萎縮することなく、はね返す力を発揮できるのだと思う。

考えてみれば、彼らはW杯に出場できなかった頃の日本を知らない。海外でプレーすることも当たり前で、欧米に対する劣等感もひと昔前よりはるかに薄い。90年代初頭のバブル崩壊以降、日本経済が低迷し、若者の内向き志向も強くなったと言われるが、93年のJリーグ創設以来、サッカーはずっと右肩上がりで成長している。そんな時代背景も、彼らの背中を押しているのだろう。

日本が初めてW杯に出場した98年大会は、ピッチに立っただけで幸福をかみしめた。自国開催の02年大会は、目標の1次リーグ突破で達成感に浸った。だからもう1つ先に進めなかった。10年、18年大会は何とかしがみついてのベスト16。それが今回は2大大国を撃破しての堂々の首位突破。1ランク上の「ベスト8」の合言葉が、強い推進力になっているのだと思う。

そして、何より私たちは森保一監督に感謝しなければならない。2勝はいずれも前半の猛烈な逆風を耐え忍び、後半開始から次々とカードを切って、選手の“心のスイッチ”に点火した。冷静なる戦術眼、迷いなき決断、選手への信頼、チームの一体感、どれが欠けても成功しなかったはずだ。4年間に及ぶ、質の高い準備の証しでもある。おかげで私たちも、新たな景色を見ることができる。何という幸福。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)

日本対スペイン 後半、ボールに反応し、白線上で折り返す三笘(手前)(撮影・江口和貴)
日本対スペイン 後半、ボールに反応し、白線上で折り返す三笘(手前)(撮影・江口和貴)
日本対スペイン 後半、三笘(左端)の折り返したボールを押し込み、勝ち越しのゴールを決めた田中(右から2人目)(撮影・江口和貴)
日本対スペイン 後半、三笘(左端)の折り返したボールを押し込み、勝ち越しのゴールを決めた田中(右から2人目)(撮影・江口和貴)
日本対スペイン 後半、勝ち越しのゴールを決めた田中(右から2人目)(撮影・江口和貴)
日本対スペイン 後半、勝ち越しのゴールを決めた田中(右から2人目)(撮影・江口和貴)