【朝青龍ヤンチャ伝説⑤】支度部屋で署名活動の暴走、北の湖理事長に厳しく叱られる

ドルゴルスレン・ダグワドルジ…大相撲の元横綱朝青龍。圧倒的な強さに加え、荒々しくも迫力満点の取り口、優勝25回と角界の歴史に名を刻んだ。一方で土俵内外で数々のトラブルを起こし、良くも悪くも弊紙の1面を賑わせた。そんな朝青龍が過去に起こした騒動を、当時の紙面と記事で振り返る。第5回は06年名古屋場所7日目にやってしまった「モンゴル巡業の署名活動」。

大相撲

日刊スポーツ

<06年5月24日紙面より>

06年5月24付け紙面(東京本社)。トラブルはいつものこと?! 扱いは後ろ~の12面。

06年5月24付け紙面(東京本社)。トラブルはいつものこと?! 扱いは後ろ~の12面。

モンゴル巡業やりたい一心で

■06年5月24日、署名活動での厳重注意を報じた本紙記事■

右ヒジを痛め大相撲夏場所を途中休場した横綱朝青龍(25=高砂)が23日、東京・両国国技館で北の湖理事長(元横綱)から厳重注意を受けた。モンゴル巡業を目指して場所中7日目の13日に支度部屋で行った署名活動に対するもので、同理事長に謝罪した。今後は名古屋場所(7月9日初日、愛知県体育館)での復帰に向け、けいこに励む。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

朝青龍の完全な勇み足だった。どうしても今年中にモンゴル巡業を実現したい思いが、場所中の支度部屋での署名活動という暴走につながった。この日午後1時30分すぎ、緊張した面持ちの朝青龍が北の湖理事長を訪問した。約12分間、扉を閉めた理事長室で1対1で向き合い謝罪した。

疲れた顔で理事長室を退出した朝青龍は、素直に非を認めた。「場所中にやったのは悪かった。どうしてもやりたい気持ちがあっての行動で何とかしたかった。(4月25日の)力士会でやるべきだったんだけど。焦っちゃった」。

協会に隠れて力士の賛同を集め、協会判断に背こうとした訳ではなかった。「力士会の会長としてずるいことをしているわけではない。オレはずるい男じゃない」。純粋な思いが暴走を招いたと強調した。22日の横綱審議委員会で話題になった場所中の帰国疑惑には「(自宅に)居たよ。苦労してんだよ。治そうと必死にやってんだよ。それなのに…」と声を張り上げた。

今回の署名活動は場所中の、しかも支度部屋で行われたことで問題となった。北の湖理事長は「今後2度とこういうことがないよう厳しく叱責した。叱責したということは、厳重注意を与えたと同じことだ」と言った。さらに「『申し訳ありません』と言っていたのだから、深く反省しているということだ」と付け加え、事態収拾を図った。また、同理事長は今年中のモンゴル巡業の見送りを伝え、朝青龍も従うことで一致したという。朝青龍は夏場所で途中休場もしており、次の名古屋場所で出直しを図る。

06年夏場所は右ひじを痛め、3日目から途中休場。休場中にやってしまった(06年5月8日)

06年夏場所は右ひじを痛め、3日目から途中休場。休場中にやってしまった(06年5月8日)

■大鵬は「横綱にふさわしい言動を取るべき」■

今こそ朝青龍は自分自身を深く見詰め直すことだ。力士は日本相撲協会に所属しており、協会の規則に従い行動する義務がある。まして、横綱であれば、他の模範にならなければいけない。周囲の人間に、いくら持ち上げられても、厳しく自分を戒め、横綱にふさわしい言動を取るべきだ。

理事長が厳しく注意したことで、今回はこれ以上の問題にはならないだろう。つまり、来場所に向け、気持ちを入れてけいこに臨むことができる。力士に言葉はいらない。けいこして、けいこして、土俵で結果を出すしかない。7連覇の偉業が、軽率な行動によって、相撲ファンから忘れられてしまうことなどあってはならない。

大切なのは、これからの立ち居振る舞いだ。謙虚さを持ち、心を磨くことだ。

■署名活動メモ■

力士会の会長を務める横綱朝青龍が中心となり、夏場所7日目の13日に東西の支度部屋で行われた。関係者の話によると、朝青龍が署名した紙が回され、モンゴル出身力士など多数がサインした。中には、朝青龍からの説明がなく、署名をしなかった者や、署名したものの趣旨が不明として保留扱いを申し出た者もおり、場所中の力士間にわずかながら動揺も広がった。署名の趣旨は、仮にモンゴル巡業が実現した場合、強行日程が予想されるため「力士全員で成功させよう」と、呼びかけるものだったという。

■力士会とは■

会員相互の親交を図り、人格向上・修行・協会への提言を目的とした組織の1つ。日本相撲協会からも認められ、一定の助成金も支給されている。構成員は十両以上の力士。力士会会長は、毎年初場所の東横綱か、最も先輩の横綱が務めるのが慣例。番付発表の翌日に開かれる定例会では、新十両昇進力士の紹介や、引退力士への記念品贈呈、身長・体重測定、給与明細配布などが行われる。また力士運動会主催や、引退力士の引退相撲興行への協力なども行う。

朝青龍のトラブル史

さがり振り回し(03年夏場所9日目) 旭鷲山に敗れて金星配給。土俵上でさがりを振り回し、ぶつかった旭鷲山をにらみつけた。翌日、北の湖理事長が高砂親方を厳重注意。場所後の横審でも同親方が再発防止を厳命された。

まげつかみ(03年名古屋場所5日目) 夏場所の因縁を引きずるかのように、旭鷲山のまげをつかんで横綱として史上初の反則負け。打ち出し後は駐車場で旭鷲山の車のドアミラーを破壊。8日目の支度部屋では乱闘寸前の小競り合いを起こした。

無断帰国で葬儀欠席(03年12月) 師匠の許可なくモンゴルへ帰国し、先代高砂親方(元小結富士錦)の葬儀を欠席。さらに年末も帰国し、年明けのけいこ初めを無断欠席。横審から引退勧告を示唆される。

泥酔でドア破壊(04年7月) 名古屋場所で優勝を飾った直後、泥酔して部屋の窓ガラスドアを壊し警察が駆けつける騒動。「もうお酒は飲まない」と誓う。

支度部屋で署名活動(06年夏場所7日目) 夏場所7日目の5月13日に、モンゴル巡業を目指して支度部屋で署名活動を行ったことが発覚。同場所で途中休場したが、北の湖理事長(当時)に呼び出されて厳重注意を受けた。

敗者に蹴り(07年春場所8日目) 土俵中央に倒れた稀勢の里の背中にけりを入れた。勢い余っての動きだったが、審判副部長(当時)の九重親方(元横綱千代の富士)からも「見ていて気持ちいいものではない」と苦言。

夏巡業休場しモンゴルでサッカー(07年7月) 協会に「腰の疲労骨折などで全治6週間」の診断書を提出して夏巡業を休場しながら、同月25日にモンゴルでサッカーに興じていたことが発覚。30日に再来日し、北の湖理事長に謝罪。協会側は8月1日に臨時理事会を開き2場所出場停止、謹慎などの厳罰に処した。

一触即発(08年夏場所千秋楽) 引き落としで敗れた白鵬の腰をめがけてダメ押し。怒った白鵬に右肩で押し返されると、鬼の形相でにらみ合う。2日後に北の湖理事長に呼び出され厳重注意。

場所直前にゴルフコンペ(09年5月) 夏場所2日前の同月8日に、後援者の主催で朝青龍が呼びかけ、白鵬らモンゴル出身力士8人が千葉県内のゴルフ場でプレー。朝青龍が初日に対戦する鶴竜も含まれ、誤解を招く行動に武蔵川理事長が両横綱とそれぞれの師匠を呼んで厳重注意。