国枝は最強だ! 男子シングルス世界1位で日本選手団主将の国枝慎吾(37=ユニクロ)が、ついにパラリンピック金メダリストに返り咲いた。決勝で同8位のトム・エフベリンク(オランダ)に6-1、6-2で勝ち、08年北京、12年ロンドンに次ぐ、2大会ぶり3度目のシングルス金メダルを獲得した。女子ダブルスでは、上地結衣(27)大谷桃子(26)組が3位決定戦に勝ち、銅メダルを獲得した。

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5年分の涙が、国枝の瞳からあふれ出た。「信じられないのひと言。マッチポイントさえ覚えていない」。16年リオデジャネイロ大会でメダルを逃した後に積み重ねた喜怒哀楽が、この瞬間に凝縮された。「パラの重圧をひしひしと感じた」。日の丸の重さは格別だった。

決勝合計15ゲームは、男子シングルス決勝最少ゲーム数タイの快勝だった。第1セット0-1から8ゲームを連取し、完全に圧倒した。「夢の中にいる気持ち。すべてを費やしてこの日のためにやってきた。報われて良かった」。手渡された日本国旗を広げ、感情を爆発させた。

16年4月、国枝は右ひじの痛みがひどく、内視鏡の手術を受けた。しかしリオでも痛みは引かず、ベスト8止まり。メダルを逃した。担当医に「休養するのがベスト」と言われ、半年近くラケットを置いた。通常では痛みが引き、再びラケットを握ったとき、また痛みが走った。絶望感が襲った。

その時のことを、妻の愛さんはよく覚えている。16年の年末。スーパーに買い物に行こうとしている途中だった。愛さんの携帯が鳴った。電話の向こうで、国枝が言った言葉が忘れられない。「もう引退かもしれない」。愛さんは、その場で立ち尽くした。

まだ倒れるわけにはいかない。国枝は「とにかく何でもやり尽くす」と愛さんに言った。そして、右ひじに最も負荷がかかると言われたバックハンドの改造に取りかかった。握りを変え、球をこすり上げ回転量を増やす打ち方に改良した。

ひじの痛みは減ったが、ショットの威力は落ちた。そこで、こすり上げる量を減らし、球を前に押す方向を増した。以前の打ち方に少し戻すことで、回転量、速度の両立を図った。準々決勝でウデ、準決勝でリードを下したカギは、そのバックの出来だった。

9歳の時に脊髄腫瘍を発症し、下半身まひとなった。後遺症からか今も、夜に足が痛くて眠れないことがある。幻肢(げんし)痛だ。引退への不安や、決して表に見せない弱さを、ラケットに張られた「おれは最強だ!」の言葉で覆い隠し、再び頂点に立った。「リオの後は何度も引退を考えた。また世界一に復帰して東京パラで金メダルを取れるなんて」。周囲に支えられ、自らの内面から鍛え抜いての復活劇。国枝はやはり最強だった。【吉松忠弘】