欧州チャンピオンズリーグ(CL)ベスト16のファーストレグが終わりました。ホームゲームを“らしさ”を失った形で落としたイングランドの雄・チェルシーですが、それは当然といえば当然なのかもしれません。皆様もご存じの通り、あらゆる形でロシアにつながるルートを押さえにかかっている欧米諸国ですが、フットボール界においてもそれは同様です。

チェルシーというクラブはヘンリー・アウグストゥス・ミアーズという裕福な実業家が1905年3月10日、フラムロードの「ライジングサン」と呼ばれるパブに設立。1980年代まではミアーズ氏がクラブを所有しておりましたが、80年代に入り経営危機に。この際、ウィガンのクラブ運営に携わっていたケン・ベイツ氏が1984年4月にわずか1ポンドでクラブの経営権を取得。債務を全て引継ぎ(債務の支払いを保証する形)経営の立て直しを図りましたが、経営手法自体は基本的には借金経営だったと言われていました。

そんな経営事情の苦しいクラブに手を差し伸べたのが、ロシアの富豪であったローマン・アブラモビッチ氏で、1500億円とも言われる桁違いの個人資産をベースにクラブを買収。ここからのクラブの躍進ぶりは皆様もご存じの通りで、リーグ制覇だけでなく、CLも獲得しました。経営面を見てもコロナ騒動前の17-18シーズンの業績としてはクラブ史上最高の4億5000万ポンド(約653億円)近い売上と、6200万ポンド(約90億円)の利益が報告されており、利益率で単純計算しても13%前後という高い数字を叩き出すなど、注目すべきクラブの1つでした。

特徴的なのは2000年に入ってからてこ入れしたといわれているアカデミー部門の改革。ユースチャンピオンズリーグを制覇するなど今となっては屈指の力を持つアカデミーとなっており、当然その育てた選手を売却することによる収入源は大きなものとなりました。収支面だけで見れば、育成部門の“先行投資”は、ファイナンシャル・フェアプレー規則上の支出対象外だったこともあり、多くのクラブがチェルシー方式を真似するなどマーケットリーダーになりました。

しかしながら事態を重く見たFIFAもなんとかしてこの未成年選手の青田買いを規制。チェルシーに対しては、18歳未満の選手に対する「両親がサッカー以外の理由で移住しない限り、海外クラブに移籍することはできない」ことを理由に2019年の夏と2020年1月の移籍マーケットでの新たな選手登録の禁止(選手の放出は可能)に加え、60万スイスフラン(約6600万円)の罰金という制裁を発表するなど、睨み合いが続いています。

健全経営という部分で言及すれば、当然クラブの売上を単純に伸ばすことが求められるわけですが、その計画を遂行している最中にコロナによる大打撃を受けてしまった形となりました。17-18シーズンにはクラブの総売上高は4億4340万ポンド(約619億円)が計上され、前年度の3億6103万ポンド(約504億円)から約22・7%と大幅に増加(クラブ史上初めて4億ポンド超え)。昨年度はCLでの優勝もあり、放映権収入は19%増の2億7360万ポンド(約425億円)を計上も、興行収入は86%という大幅減のわずか770万ポンド(約12億円)にとどまり、グッズなどの商業売上は10%減の1億5360万ポンド(約238億円)の計上。クラブは公式的に「コロナウイルスによる経常収入への影響がなければ、今ごろはおそらくクラブ史上初の5億ポンド超え(約775億円)の売上高を達成していただろう」と声明で発表していましたが水を差された形となりました。

そこに、更なる大打撃。ロシアによるウクライナ侵攻によって英政府が3月10日にアブラモビッチ氏を含む7人の新興財閥の資産を凍結。クラブはチケットやグッズの販売、選手獲得など全ての営業活動が禁止されました。アブラモビッチ氏はクラブ売却を表明するも、これも認められずで、政府はクラブの消滅を避けるために収入をウクライナの難民支援などを行う慈善団体に寄付することを条件にしたチケット販売再開を容認するなど、政府の管轄下にて活動継続を許可した形となりました。アブラモビッチ氏に利益が入らない形でのオーナー変更に向けた協議にも入るなど、混沌としています。

まだまだ明確な結論が出るまでに時間はかかるかもしれませんが、選手もチームのスタッフも気が気ではないでしょう。あらためて経営母体の安定化がチーム運営にとって最大の安心材料であることが見て取れます。とにかく、一刻も早く落ち着きを取り戻すことを切に願います。【酒井浩之】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「フットボール金融論」