スポーツとお金-。切っても切り離せない関係について、戦略系コンサルティング・ファーム「FIELD MANAGEMENT STRATEGY」幹部による不定期コラムがニッカンスポーツ・コムで始まります。Jリーグの執行役員も務める中村健太郎代表取締役、Bリーグ1部(B1)横浜ビー・コルセアーズ代表取締役の白井英介プリンシパルらが、スポーツビジネスの最前線を解説。第1回は中村氏が、その未来像について自筆します。
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筆者は約20年間、外資系のコンサルティング・ファームで働いてきた。その間に海外のコンサルタントと話す機会が多かったが、その中で驚かされたことがある。彼らにとって「ポストコンサル」のキャリア先として、金融やテックと並んでスポーツ業界がごく自然に選ばれているのだ。サッカークラブの経営、リーグの放映権交渉、NBAやNFLのアリーナ開発など、スポーツを一大産業として位置づける環境が整っている。日本で同じようなキャリアパスを描くのは、まだ難しいのが現実だ。
ようやく近年、日本でもコンサル出身者がJリーグやBリーグに関わる事例が見られるようになったが、その数はまだ少ない。背景には、日本のスポーツビジネスの規模が欧米に比べて小さいという事情がある。
欧米では経営や戦略の専門人材が活躍できる土壌がある。一方で日本ではスポーツが「文化」「地域貢献」といった文脈で語られることが多く、ビジネス人材を本格的に受け入れる体制はまだ整っていない。
実際、Jリーグの年間収益は約1800億円にまで成長しているものの、同じ時期に、ほぼ同規模で発足したイングランド・プレミアリーグは63億ポンド(約1兆2600億円)に達している。
アリーナの収益を見ても同じ傾向がある。横浜アリーナとほぼ同規模のロサンゼルス「Crypto.com(クリプト・ドットコム)アリーナ(旧ステープルズ・センター)」は、来場者数こそほぼ同じだが、来場者1人あたりの消費額は横浜アリーナの約8倍に上る。欧米ではスポーツ・エンターテインメントが「稼ぐ産業」として確立されていることが、数字からもはっきりと分かる。
◆日本が乗り遅れた3つの収益モデル
スポーツの収益源にはいくつかあるが、欧米が特に力を入れ、日本との差が大きくなっているのが「放映権収入」「移籍金収入」「べニュー(会場)収入」の3つである。それぞれの仕組みと課題を見てみよう。
◆放映権収入-プレミアリーグに見る、世界の視聴者を取り込む仕組み
プレミアリーグの放映権は、この30年で飛躍的に伸びた。1992年の発足当初、イギリス国内の契約は5年間で1億9100万ポンド(約380億円)に過ぎなかった。それが25年からの4年間契約では67億ポンド(約1兆3400億円)に達し、実に35倍になっている。
その背景には、スター選手の集結に加えて、試合時間の設計がある。土曜の午後0時半という新しいキックオフ時間をつくり、イギリスでは中途半端でも、アジアでは夜のゴールデンタイムに当たるようにした。その結果、日本や中国、東南アジアのファンが見やすくなり、放映権の価値が大きく上がった。
さらに導入されたのが「パッケージ販売」だ。試合をいくつかのパッケージに分け、複数の放送事業者に販売する方法である。25~29年の契約では、Sky Sportsが215試合以上、TNT Sportsが52試合、BBCが全試合のハイライト権を得た。放映権を1社にまとめて売るよりも、分割して複数社に競わせた方が総収入は大きくなる。この仕組みによって放映権収入はさらに高騰した。
ただし、副作用もある。イギリス国内で全試合を視聴するには複数のサービスと契約しなければならず、年間564ポンド(約15~16万円)…月間にすると60~70ポンド(約1万6000円~1万9000円)の負担になる。また、水曜夜に欧州カップ戦を戦ったクラブが土曜昼にリーグ戦を行うなど、過密日程が選手の負担を増やしている。収益拡大と引き換えに、ファンや選手の疲労も積み重なっているのだ。
◆移籍金収入-冨安健洋選手の約40億円が映す価値の流れ
今や日本代表の選手がヨーロッパのリーグでプレーするのは珍しいことではなくなった。その中でも富安選手の移籍は象徴的だ。
【冨安健洋の軌跡】
▼18年 アビスパ福岡からシントトロイデン(ベルギー)に移籍
▼19年 シントトロイデンからボローニャ(イタリア)に移籍=移籍金約700万ユーロ(約12億円)
▼21年 ボローニャからアーセナル(イングランド)に移籍=移籍金約1860万ユーロ(約32億円)~1980万ユーロ(約40億円)※金額は推定
富安選手の価値は、欧州での経験を経るごとに大きく伸びた。一方で、もしアビスパ福岡が富安選手を直接、アーセナルに移籍させていれば、30~40億円規模の移籍金を得られた計算になる。実際には初回の移籍が小さな額にとどまり、利益の多くは欧州クラブに渡った。
欧州では、選手を売却して収益を得ることがクラブ経営の常識となっている。ベルギー・プロリーグ(ジュピラー・リーグ)はその典型で、25年夏だけでクラブ全体の「選手売却収入」が3億8100ユーロ(約5700億円)に達した。クラブ収入全体の約4割を移籍金が占める、とされている。
移籍市場は、クラブにとって欠かせない収益源であり、日本のクラブも少しずつ、その意識を取り入れ始めている。
◆べニュー収入-NBAの新たな本拠チェイス・センターの挑戦と課題
サンフランシスコの「チェイス・センター」は、NBAゴールデンステート・ウォリアーズが19年に開業した新しい本拠地だ。建設費は約14億ドル(約1960億円)。命名権はJPモルガン・チェースに売却され、契約額は20年間で約3億ドル(約420億円)と報じられている。
大きな特徴は「バンカーズスイート」と呼ばれるVIPシートだ。従来、VIP席は上層階にあったが、チェイス・センターではコートサイド近くに配置。専用ラウンジやダイニングと直結させることで、観戦と接待を組み合わせた特別な体験を提供した。その結果、ウォリアーズのVIP・ホスピタリティー収益は旧オラクル・アリーナ時代の約2倍に拡大した。
ただし、ここにも副作用がある。熱気を生むコアファンは高額チケットに押し出されて上層階に追いやられた。さらに、VIP客の一部はラウンジや個室で飲食を楽しむことを優先し、前列の席が空いて見えることもある。
それぞれのファンに合わせた体験を広げながら、会場全体の一体感をどう維持するかが新しい課題となっている。
◆日本のスポーツの産業化に向けて-世界に学び、世界と競うために
欧米のスポーツビジネスでは、お金を払う人を見極め、その人たちが納得できる対価を設計し提供することが徹底されている。収益モデルを築くために、大きなリソースを投下し、時間をかけてある程度、確立された仕組みを作り上げてきた。そのため、まずはそうした収益の仕組みや対価の設計を学ぶことは、日本にとっても有益である。
一方で、日本のスポーツには「お金を稼ぐことへの抵抗感」や「観客を平等に扱うべきだ」という思想が根強くあり、これは欧米の収益モデルとは対極にある。だからこそ、スポーツを産業として育てていくためには、考え方そのものを変えていく必要がある。対価を支払う人に応じて価値を設計し、しっかりと返していくことを前提に据えることが欠かせない。
ただ、筆者個人としては「欧米のやり方をそのまま追えば良い」とは考えていない。裕福な層が過度に優遇され、一般のファンが試合を見るための負担が年々重くなっている。選手も過密な日程に追われ、体力や健康を犠牲にしている。そうした状況で、スポーツが本来持つ「多くの人を熱狂させる力」を持続できるのかには疑問が残る。
私たちが目指すべきは、欧米の手法をただ模倣することではなく、日本らしい形を探し出すことだ。昔、日本の先人たちが中国から伝わった漢字をもとに独自のひらがなを生み出したように、スポーツにおいても感動や熱狂とビジネスの両立を、日本らしい方法で大きく育てていきたい。独自の道を切り開くことが、日本のスポーツ産業が世界と肩を並べ、さらに独自の存在感を発揮するための鍵になる。
私は、日本でも10年後には「ポストコンサルのキャリア先」として、スポーツ業界が自然に選ばれるような環境を実現したいと願っている。そのために、自らも力を尽くしていきたい。(FIELD MANAGEMENT STRATEGY代表取締役)
◆中村健太郎(なかむら・けんたろう)1978年(昭53)6月29日、東京都生まれ。フューチャー、ローランド・ベルガー、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)を経て、アクセンチュアのインダストリーコンサルティンググループの日本統括を務める。その後、23年に株式会社FIELD MANAGEMENT STRATEGY(FMS)代表取締役社長就任。24年からJリーグ執行役員。経営戦略コンサルタント。スポーツ・エンターテインメントをはじめとする多数企業の成長戦略、新規事業戦略策定などを多く手掛ける。





