4位だった東京オリンピック(五輪)のサッカー男子日本にオーバーエージ(OA)枠で出場したDF吉田麻也主将(32=サンプドリア)が大会を終え、14日までに日刊スポーツの取材に応じた。日本男子、史上初の決勝進出をかけた準決勝、スペインとの120分間の激闘、メダル獲得の最後のチャンス、メキシコとの3位決定戦に敗れた。失意の連敗をどう捉えているのか-。ピッチ内外でチームをけん引した主将が紡いだ言葉から、日本サッカーの未来といえる、東京五輪世代が残した可能性と課題に追った。
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歴史を変える決勝までは、あと1歩だった。しかし、最後は53年ぶりの銅メダルにも手が届かなかった。吉田は着席し、両手を合わせ、少し視線を落とすと、ふっと顔を上げ、まずスペイン戦を振り返った。
吉田 1歩の差、2歩の差がもろに出た。
日本男子、史上初の決勝進出をかけた大一番は、延長戦の末に敗れた。延長後半10分にスペイン1部レアル・マドリードのFWアセンシオに、警戒していた左足でやられた。直前のピンチを1度防いだが、スローインからのさらなる攻撃に、反応が遅れた。
吉田 スローインに逃げて、ふーっと一息ついた時に(パスを)ポンと通されて、寄せられなくなった。(遠藤)航もあと1歩、(田中)碧もあと1歩。(板倉)滉もあと1歩で防げたし、僕も、あと体2個分コースに入れば、体に当てられた。
高い集中力で守っていた。気を抜いたわけではない。レベルが高くなればなるほど、勝負は極限の中で決まる。わずかな瞬間とチャンスを仕留めきる集中力が、相手にはあった。
与えてしまった、たった1度ともいえるわずかなチャンス。危ないと分かっていても、寄せきれなかった。疲労は確実に選手にしのび寄り、力を奪っていた。
今大会はコロナ禍の特例で、登録メンバーが通常の18人から22人に拡大された。しかし、積極的な先発メンバー交代はなかった。森保監督は「世界で勝つには、1試合をフル(メンバー)で戦うことが現実的だった」と“現在地”を語っている。酷暑の中での、中2日の6連戦という、考えられないようなスケジュール。しかし、選手を入れ替え、休ませながら勝ち進めるまでの力は、まだ日本にはなかったと、指揮官も認めている。
ターンオーバー(戦略的な選手交代)をしたくてもできない状況。控えにいた町田、瀬古の両DFは、ほぼ起用できなかった。しわ寄せは疲労となり、ほぼ出ずっぱりの主力選手を襲った。特に遠藤、田中のボランチへの負担は大きかった。当初、控えで計算していたはずのDF板倉も、CB(センターバック)の主力DF冨安が直前に負傷し、スペイン戦で出場停止になったことも重なって、主にCBでの起用を想定せざるを得なくなった。
◆準決勝スペイン戦 日本は0-0で突入した延長で屈した。延長後半10分、アセンシオに決勝点を奪われた。序盤からスペインにボールを持たれる時間が長かったが、粘り強く対応。GK谷の好守などでゴールを許さなかったが最後に崩れた。攻撃ではドリブルで仕掛けたMF久保や途中出場のFW前田らが好機を迎えたが仕留めきれなかった。

