年末恒例の連載「取材ノートから」は、スポーツ担当記者が1年間の取材を振り返る。第1回はサッカー。10年ぶりにアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)を制した浦和レッズのサポーターに迫った。

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■先月のACL決勝

 アルヒラル(サウジアラビア)との決勝第2戦では埼玉スタジアムのほぼ360度を使ったコレオグラフィー(人文字、以下コレオ)が満員の観衆によって作られ、海外でも話題になった。そこには、米スポーツ専門テレビ局FOXスポーツによる「世界の筋金入りサポーターベスト5」にも名を連ねる彼らの「力」があった。

 水面を伝う波紋のように広がっていった。優勝の歓喜に包まれるスタジアムで、合図もなしにシートを掲げるサポーターの手が続々と上がる。ゴール裏で自然発生したその波は、約200メートルも先の反対側スタンド最上階席まで行き渡った。やや時間をかけ、試合前と同じエンブレムとトロフィー、2つの星がリボンで結ばれたコレオがふたたびスタジアムに現れた。「選手がピッチに入ってきたとき」と打ち合わせられていた試合前とは違う。約5万8000人が呼応し合い、同じ形で喜びを表現した。DF宇賀神は「美しかった。今までのキャリアの中でも感じたことのない雰囲気だった」と、衝撃的な一体感をふり返った。

■サポーター手作り

 浦和のコレオはほぼすべてサポーターの手によって作りあげられる。デザインの考案もサポーターの有志が担うという。準備は約6万ある観客席のボトル入れ1つ1つに、シートを丸めて差し込んでいく。決勝前日にも準備の時間があったが、前日練習や会見が押したことでなかなか進まなかったという。翌朝、キックオフ10時間前のスタジアムには準備のために数百人のサポーターが集まっていた。選手に伝わってしまわないよう、SNSやインターネットを使っての準備の呼びかけはしないという。サポーターが「今日はコレオを作るだろう」と感じ、自主的にスタジアムに足を運ぶ。

 ただ、今回はどこまでうまくいくか未知数な部分もあった。毎試合約5万人が訪れた07年とは違い、リーグ戦での入場者数は4万人を下回ることも少なくない。スタジアムを訪れた約5万8000人のうち、半数近くはスタジアム観戦に慣れていない人だった。

 拡声器を持ったサポーター2人が試合開始前にスタンドをまわり、シートを掲げるタイミングを呼びかけた。だが、たった2人の声だ。届く範囲に限界はある。そこで力になったのは一般のサポーターの声だった。年間チケットを10年以上買い続けて現地観戦する西野光義さん(42)と島田大輔さん(46)は「慣れていない人はなんとなく分かる。だからもしそういう人が隣や近くにいれば、一緒にやりましょうと声をかける」と話す。そうした声のリレーが、最上階席の隅まで届く。

 決勝の際はチケット転売が問題になったことで多少の空席も予想された中、「もし隣が空席だったら、その席のシートも掲げてほしい」という言葉も添えられて波及した。通路になっていて席がない部分は穴になってしまうが、誰かの考えと手によって必要な色の大きな布が広げられていた。

■脳科学「同期発火」

 MF阿部主将は「入場してああいう風にやってくれるのは震えるものがある。勇気を与えてくれる」と感謝を惜しまない。選手が感じる、目に見えない力は、科学的に「同期発火」と呼ばれる作用の可能性がある。複数人が同じ神経活動をすると、たとえつながっていなくても神経同士が機能し合い、力を引き出す現象を差す。

 脳科学に精通する林成之日大名誉教授は「サポーターと選手が同じ精神状態になっていれば、同期発火が起きる可能性がある」と話す。選手らが「力をもらえる」と話すのは、スタジアム全体がシンクロしている証拠かもしれない。DF宇賀神は「毎試合いい結果を残せれば、お客さんもたくさん来てくれて素晴らしいものが見られる。『もっと頑張れ』という意味も込められているのかなと感じている」と激励の思いも読み取っていた。

■時を越えた一体感

 シートを使ったコレオを始めて20年以上がたった。試合前に必ずスタジアム内の通路を3周歩いてまわる淵田社長は「『優勝した07年から来なくなってしまっていたけどまた来た』という人もいた」と明かす。

 大舞台にかけつけ、10年ぶりにシートを手に両腕を夜空に伸ばしたサポーターもいた。07年のアジア初制覇時には大きな星のコレオがバックスタンドに作られた。シートは使い続けるために試合ごとに回収され、保管される。サポーターが持ち帰るなどして減った分はその都度追加しながらここまできた。当時使われたシートも、10年を経てふたたびスタジアムを彩っただろう。「2度目のコレオ」は、時を越えた一体感の象徴だった。

 サポーターは熱心な人々の間でさえ、互いの本名を知らないこともあるという。老若男女、浦和というチームを勝たせたいというたった1つの共通項でコレオが完成する。初優勝して以来、いいことも悪いこともあった。近年は15、16年のステージ優勝、16年にはルヴァン杯優勝に加えて年間勝ち点1位を歴代最多タイの74で達成した。一方、14年には一部サポーターが「JAPANESE ONLY」の横断幕を掲げた問題でクラブは無観客試合の処分を受け、一部のサポーター団体は解散した。そんな過去も、優勝を見るため6万人が詰めかけた今回も、浦和の歴史だ。リボンは、決して真っすぐではなかった10年間の道のりを思わせた。そしてあの日、2度目のアジア王者という勲章が新たに刻まれた。【岡崎悠利】