元Jリーガーで史上初めて上場企業の社長となった嵜本晋輔氏(38)が、日刊スポーツの取材に応じ、かつて所属したガンバ大阪やスポーツ界への熱い思いを語った。
ブランド品の買い取りや販売事業を手がける「バリュエンス」(本社・東京都港区)を国内大手へと成長させた同氏は、戦力外通告を受けたG大阪のスポンサーを務めて今季で5年目になる。【取材・構成=横田和幸】
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嵜本氏は11年に前身のSOUを創業させ、7年目の18年に東証マザーズ上場を果たした。元Jリーグ選手が社長となり、上場したのは史上初の快挙だった。
現在のバリュエンスに社名変更して丸1年。売上高379億円の企業に成長させた嵜本氏は2月20日、富士ゼロックス・スーパー杯を埼玉スタジアムで観戦し、G大阪は2-3で昨季王者の川崎フロンターレに惜敗した。
「0-2から1度は2-2の同点に持っていった。前半は実際、スコア以上の差をつけられていたが、それを後半に1点を返し、PKで2点目を取った時は逆にG大阪が仕掛けてよさが出ていた。すぐに(流れを)引き戻されて、結果的にラスト数十秒で決められた。最後に川崎Fに実力を見せつけられました」
悔しそうな口調だが、上からの目線ではない。17年からG大阪のスポンサーを務める嵜本氏は、深い愛情を持って古巣の成長を見守っている。
「今の自分があるのは、G大阪でのいい意味での大きな挫折、経験があったから。スポンサーを継続させていただくのは、恩返しさせていただく感覚。僕は選手でも何でもない。G大阪とかかわれる幸せを感じています」
攻撃的MFだった嵜本氏は、大阪の名門私立・関大第一高から01年にG大阪入りした。国見高からセレッソ大阪入りしたFW大久保嘉人は同期になる。計3年間で公式戦4試合の出場に終わり、03年末に戦力外通告を受けた。西野朗当時監督が黄金時代をつくる序章の時代で遠藤、宮本、大黒、二川、新井場らそうそうたる顔ぶれの中で、背番号15は出場機会が得られなかった。
当時の思いは、19年に出版した初の著書「戦力外Jリーガー 経営で勝ちにいく」(KADOKAWA)で有名になったが、自分を見極められなかった時に「戦力外通告を受けたことが、人生で最もよかった」と記している。「前向きな撤退」を悟り、04年に現役を引退した。
以降は家電のリユース会社を経営する実家で、父政司(まさじ)さんから商売を学んだ。3兄弟で手がけたチーズタルト「PABLO(パブロ)」など洋菓子も大ヒット。その後、独立して現在の一般客からブランド品を買い取り、販売するリユース業で大成功を収める。
昨年の379億円の売上高は、4年後には1000億円の大台に乗せる目標がある。香港を皮切りにシンガポール、英国、フランス、米国、中国と全世界へ会社を進出させる。挑戦と失敗を繰り返し、実業家として成長している。失敗を恐れないことが信念だ。
「(日本の社会では)どうしても守りに入り、ミスすることを極端に恐れる。それをマネジメントする上司が挑戦させない企業がかなり多い。ミスしたとしても、そこから得られることの方が多い。僕自身の経営も前へ前へ、仕掛けていく。当てずっぽで打ち続けるのではなく、仲間と連携しながら、とにかく前へ、推し進めていく経営をしていきたい」
その姿勢は、G大阪へのエールにもなる。3月にG大阪から新型コロナウイルス感染者が出て、6試合が中止になった。4月3日の広島戦が約1カ月ぶりの公式戦になる。前へ前へ、の精神は今の古巣も同じ思いのはずだ。
「チャレンジし続けてシュートを打つ。ボールを後ろに戻してばかりするサッカーよりかは、失敗してもいいから前へ前へ、挑戦してボールを運んでいるサッカーが見たい。見ていてわくわくするし、それに挑戦したことが称賛されるような文化になってほしい。消極的なサッカーは、ファンも望んでいないと思います」
バリュエンスでは19年から早大サッカー部のスポンサーになった。昨年9月、競技と仕事の両立を目指すアスリートの採用も始めた。嵜本氏のプライベート会社「デュアルキャリア」ではJリーグ、陸上やラグビー、プロ野球界と手を組み、選手らのサイン入りユニホームなどのオークションを実施。コロナ禍で苦しむ選手やクラブ、団体を救うため、委託手数料なしで計7000万円を還元した。
「私自身が元Jリーガーでありながら今、企業のトップを務めている。現役のアスリートが目の前の競技に専念するのはもちろんですが、その先の未来(セカンドキャリア)を考えるきっかけを、私がメディアに発信することでつくれると思っています」
「今の人生のテーマは、アスリートの持続可能な未来をつくる。アスリートが一時もてはやされたとしても、現役であるうちに、どういう準備をする必要があるのか、何を身に付け、何を集める必要があるのか。スポーツ界に、その可能な未来をつくっていく、お手伝いをしていきたいです」
Jリーグのクラブ経営にも「興味があります」という。楽天創業者の三木谷浩史氏(56)が、ヴィッセル神戸の経営に乗り出したのが17年前。フリマアプリ大手メルカリの小泉文明氏(40)は19年8月、鹿島アントラーズを買収した。
ベンチャー企業が、それまで業界内だけで運営していたクラブに進出し、新たな価値を見いだした。神戸は19年度の売上高が114億円と初の大台に乗せ、G大阪は中位の55億円だ。
「私がやりたいのは、クラブ経営しているふうにして、かっこをつけたいわけではありません。アスリートが持続可能な未来をつくるための、取り組みとしてクラブ経営がある。その手段としてより自分事化(=人生で自分を主人公にしていくこと)するためには、クラブ経営にかかわっていないといけない。クラブの価値や可能性をもっと広げていきたいのです」
4月2日には、関東リーグ2部所属で東京・葛飾区からJリーグ入りを目指す南葛SCとのパートナー契約も発表された。「キャプテン翼」の原作者・高橋陽一氏が代表を務めるクラブの夢も支援していく。
会社名のバリュエンスとは「価値=バリュー」と「経験=エクスペリエンス」を掛け合わせた造語で、会社とかかわる全ての人に人生を変える価値を提供する思いを込めたという。1人1人が「らしく、生きる。」が精神だ。
大阪の根っからの商売人の家庭で生まれ育った嵜本氏が、G大阪で戦力外通告を受けたことで商才が開花するきっかけになった。「次は、この世界で戦力外通告を受けないことが目標です」。どこまでも謙虚な姿勢で、現役時代には立てなかったワールドカップ(W杯)のような大舞台を目指していく。(※この取材は新型コロナウイルス感染防止対策を徹底して2月下旬に行いました)
◆嵜本晋輔(さきもと・しんすけ)1982年(昭57)4月14日、大阪・八尾市生まれ。関大第一高から01年G大阪入り、03年退団。04年佐川急便大阪(JFL)で現役引退。父の経営するリユース店で修業し、07年にブランド買取専門店「なんぼや」を関西でオープン。08年に3兄弟で洋菓子店「パティスリーブラザーズ」を展開し話題に。11年に独立し、ブランド品のリユースに特化したSOU創業、18年3月東証マザーズ株式上場。20年3月バリュエンスホールディングスに社名変更。179センチ、66キロ。家族は夫人と3歳の長男。
【取材後記】
嵜本氏と会うのは今回の取材で約20年ぶりだった。現役当時は、万博公園内にあった旧クラブハウスの敷地内の駐車場で何度か取材させてもらった。今回、改めて具体的に聞きたかったのは、自身の著書でも記した「最も尊敬する経営者は父です」という部分だった。
今年74歳になる政司さんは、40代で始めた家電のリユース業で成功を収めた。自分の利益度外視で働いていた姿が、当時小学生だった嵜本少年はよく覚えていた。休日に家族でドライブに出かけても、客から店への電話が父の携帯電話に必ず転送され、必死に鉛筆でメモを取って相談に乗っていたという。
嵜本少年を強豪サッカー部のある公立中学に入れるために、大阪市内へ引っ越しもしてくれた。自身が家電のリユース業をやめ、ブランド品に特化した際も快く応援してくれた。とにかく家族優先、客優先。自分のことは後回しだった。
「オヤジのおかげで今の自分がある。一番尊敬できる人はと聞かれれば、オヤジと答える。オヤジがいなければ、むちゃくちゃになっていた。それぐらいの人格者なんです」。グループ全体で約800人の従業員をけん引する若き嵜本社長は、今も父の背中を目標にしている。