3月11日で東日本大震災から11年を迎えた。被災地の福島県いわき市、双葉郡(6町2村)をホームタウンにするいわきFCが、今季からJの舞台に挑む。創設(現体制)わずか6年で昨季のJFLを優勝。Jリーグ58番目のクラブになった「浜を照らす光」は、13日のアウェー鹿児島ユナイテッドFC戦でJ3初陣を迎え、J2昇格を目指す。運営会社いわきスポーツクラブの大倉智社長(52)が、日刊スポーツのインタビューに応じ、開幕に向けての心境や村主博正新監督(45)への期待などを語った。【取材・構成=山田愛斗】

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-3月13日に開幕戦を迎えるが

大倉社長 いよいよ、いわきFCがJリーグで試合をします。選手も「Jリーガーになりたい」という夢を持っていたわけですよね。その子たちがJのピッチに初めて立つこととかで言うと、初物ずくめで新鮮だし、勝ち負けよりもそこの舞台に立ち、今まで積み上げてきた「いわきFCらしさ」を出せたらそれで十分かなと。(村主)監督が初采配、初めてJリーグで戦う選手も多いし、チームに新しく取り入れたことが、データとしてどういうふうに出るかとか、いろんな楽しみがあります。

-いわき市で初めてのプロチームになったが

大倉社長 先日、いわき市の内田(広之)市長がスタジアム(いわきグリーンフィールド)改修を正式に表明してくれたんですが、市長に「いわきFCは街づくりのパートナー」と表現していただきました。これが6年間やってきたすべてかなと思っています。

-新たなステージに挑戦するが

大倉社長 震災があって、震災からの復興、成長に向けて(スポーツブランド)アンダーアーマーの倉庫ができ、そこからサッカーチームができてという背景があります。常々言ってますが、スポーツで社会価値を創造し、人づくり、街づくりをするためであって、Jリーグに行くことが目的ではなく、ひとつの手段なんだと。Jリーグ参入は今までやってきたことが積み上がってきたという実感があります。

-チームが浸透してきた印象は

大倉社長 今回、スタジアム整備でいわき市、行政が動いてくれたり、周りから「これから上に行くためにはどうするんだ」という声が上がったり、去年の最終戦は2500人ぐらいの方に来ていただきました。いわき市で始まり、2年前には双葉郡(広野町、楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町、川内村、葛尾村)をホームタウンにして、浜通り(福島県東部)と地域性が広がっている感覚とか、見たもの、聞いたことを総合すると少しずつ輪が広がってきた印象です。

-将来的な新スタジアム建設の考えは

大倉社長 サッカーは年に(ホーム戦が)20試合ぐらいしかないわけで、それだけでは稼げない。つくることは現実的には難しいと思いつつも、夢というか、その箱が、いわきFCのためだけではなく、市民も使えて、365日何かが起きている場所というのは今でも思うし、いわき市とも話したり、勉強会もしているので、建設への思いは変わらずあります。

-前監督である田村雄三スポーツディレクター(39)の役割は

大倉社長 いわゆる強化部長です。ただ、範囲的にはトップからアカデミーまで全部を見るので、チームづくりやサポート、子どもたちを含むスカウティングもそうだし、アカデミーをどう運営していくとか、トップからアカデミーまで全部のスポーツ部門の責任者というイメージです。

-村主新監督に期待することは

大倉社長 今回の監督選びは「初めての監督」を念頭に置きました。(Jリーグ監督資格の)S級(ライセンス)を取っても、コーチやアカデミーが長い人は結構いて、そういう人にチャンスを与えたいと村主監督に行き着きました。(田村前監督路線を)継承、継承と言っているが、監督として今度は自分の決断でできるので、彼は彼の色を出せばいい。Jリーグでは勝った実績も負けた実績もなく、そこも含めて楽しみです。Jリーグでは自分たちよりも経験があるので、頼もしいなと思っています。

-今季の目標は

大倉社長 僕らは選手が成長するためのサポートをする、選手の成長があれば我々のやりたいフットボールができるし、当然、選手の価値も上がる。そういうサイクルを常々言っているので、いつもは「優勝しよう」「2位以内に入ろう」とかは言っていません。だけど、今回はスタジアム整備が完了した時点で「2位以内に入ったらJ2に行けるから行こう」とクラブとして伝えました。

-3月11日で東日本大震災から11年になるが

大倉社長 今も毎日のように、がれきのあるところを見ていますし「11年目だから」とかはないですね。ここにいる人間として復興寄与は大きな役割ですし、新しい選手が入れば「こういう趣旨でクラブが立ち上がったんだよ」と伝えていく作業は毎年やっていますから。言葉を選ばずに言うと、特別な日ではなく、常に心の中にある日だと思います。

◆大倉智(おおくら・さとし)1969年(昭44)5月22日生まれ、川崎市出身。暁星(東京)で全国高校選手権に出場、早大では全日本大学選手権優勝。日立製作所(現柏)、磐田、ブランメル仙台(現仙台)、米ジャクソンビル・サイクロンズでプレー。ポジションはFWで98年に現役引退。引退後はスペインのヨハン・クライフ国際大学でスポーツマーケティングを学び、C大阪でチーム統括ディレクター、湘南で社長などを歴任。15年12月、いわきスポーツクラブ社長に就任した。

<J2昇格を果たすには 2位以内&ライセンス取得>

いわきFCがJ2昇格を果たすためには、リーグ戦で2位以内が第1条件で、J2ライセンス取得が第2条件になる。1万人収容のホームスタジアムがあることが同ライセンスの大前提。いわき市、双葉郡にはその条件を満たす箱がなく、今季、ホームで使用するJヴィレッジスタジアムは5000人収容だ。ただし、条件を満たすスタジアムの整備計画があれば「完成まで5年間の猶予期間を設け、基準を充足していると判断する」という例外規定適用で上位ライセンス取得も可能。同クラブは例外規定でJ2を目指す意向だ。

2月下旬、いわき市の内田市長がJFL時代の本拠地だった、いわきグリーンフィールドの改修を表明した。その中身は2300席から5000席への増設、大型ビジョンや夜間照明設備の新設、ドーピング検査室の設置など。あくまでもJ3基準を満たす改修だが、いわきFCにとっては、昇格機運を高めるために大きな追い風になる。

◆いわきFC 15年12月にスポーツブランド「アンダーアーマー」を展開するドーム社の全面サポートを受け、いわきスポーツクラブを設立し、福島県社会人3部いわきFCの運営を旧体制から引き継ぎ、始動。16年に同2部優勝。17年に同1部優勝。18年に東北社会人2部(南リーグ)優勝。19年に同1部と全国地域チャンピオンズリーグを制し、20年からJFL参入。昨季のJFLで優勝し、今季からJ3参入。クラブエンブレムはいわき市のシルエットをかたどっている。チームカラーはKINGレッドと湊ブルー。