横浜F・マリノスが19年シーズン以来5度目のリーグ優勝を決めた。5日のアウェー神戸戦に3-1で勝利。タイトルに手をかけてから連敗で足踏みもしたが、最後はリーグ最多70得点の攻撃力を発揮し、前回Vの3年前と同じく、最終節で頂点に立った。クラブ30周年の今季は7月に史上2クラブ目のJ1通算500勝も達成。メモリアルイヤーを有終の美で飾った。

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“マリノスファミリー”が3年ぶりにシャーレを手にした。高々と持ち上げたMF喜田主将は「全員がヒーロー。1人1人にありがとうと伝えたい」。終了の笛とともにベンチ外のメンバーがピッチへ飛び出して駆け寄ると、引き締まっていた表情がくしゃくしゃになり、涙でぬれた。

生みの苦しみを乗り越えた。優勝に手がかかった10月8日のG大阪戦、そして同12日の磐田戦。残留争い中の相手にまさかの連敗を喫し、2位川崎Fとの勝ち点差は2に迫られた。大逆転ドラマを期待する空気が周囲に漂い始めるのをいやが上にも感じたが、ブレることなく持ち味の攻撃力で押し切った。

前半26分にFWエウベルが先制。同7分にビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)でゴールが取り消されていたが、そんな嫌な空気を振り払った。前半ロスタイムに1-1とされるも、後半8分にMF西村が勝ち越し点。同27分にはFW仲川がダメ押して試合を決めた。リーグ最多70得点は前回優勝した19年の68を超えた。

マスカット監督は言う。「チームに関わる人間は家族のようなもの」。優勝の歓喜を分かち合うまでに、多くの苦難をともにした。開幕前キャンプでいきなりコロナの集団感染。7月にはFW宮市が日本代表活動での大けがで長期離脱を強いられた。励ましのメッセージを記したウエアを全員で着たり、「シャーレを掲げさせる」と宣言したり。戻ってきた宮市を何度も男泣きさせた。

逆境は今季だけではない。伝統のオリジナル10も、16年に横浜市内にあった練習施設のマリノスタウンが閉鎖。クラブハウスはない。他クラブの選手からは「横浜は施設がよくないから…」と後ろ向きな声も聞かれた。頂から遠ざかり、優勝が求められる名門が上位争いもできずに苦しんだ。

19年の15年ぶりの優勝がそんな状況を変えた。20年にFWエリキ、21年にはFWオナイウ阿道とFW前田大然、DFチアゴ・マルチンス-。主力が次々と引き抜かれた。それでも頂点に立ったことで、海外志向を明言するDF岩田やMF藤田ら、環境を気にしない、ハングリーな者たちが集まった。環境ではない。西村は「自分に一番足りないものがあると思ったから入団した」と言った。全員が口をそろえる「チーム、仲間のために」。まるで青春の部活動のような合言葉。突出した選手はいなくても、野心ある男たちが心を通わせ“家族”となり、大きな束になってシーズンをトップで駆け抜けた。

喜田主将は涙声で言った。「誰もがチームを信じてやってきた。報われてよかった。マリノスファミリーみんなのおかげ」。個に走らず、それぞれが役割を完遂し次のゴール、次の勝利を追い求め続ける集団になった横浜。シャーレを掲げる姿が、スタジアムに映えた。【岡崎悠利】