ヴィッセル神戸三木谷会長が、かつて「マエストロ(スペイン語で巨匠)」と称した世界のスーパースターは、当初は神戸で現役を終えるつもりだった。

23年末までの契約延長を発表した21年5月の会見では、MFアンドレス・イニエスタ(39)は「現役生活をここで、最後まで続けたい」と明言していた。

18年に来日した際の年俸はJリーグ史上最高の推定32億5000万円。22年からはクラブの財政事情で約4割の大減俸、推定20億円で更改。それでもビッグマネーに変わりはなく、地位や名誉を含めて、神戸の生活は快適なはずだった。

風向きが変わったのは昨年途中だった。21年はクラブ史上最高の3位だった神戸は、22年の開幕から11戦未勝利と極度の成績不振に陥り、三浦淳寛体制でスタートしたものの、リュイス、ロティーナ、吉田孝行の各監督が次々に就任。

その中でも同じスペイン人のロティーナ監督は、イニエスタを重用した。指揮した全9試合のうち8試合に先発、中2、3日の強行軍でも使い続けた。試合に出ることが、イニエスタが何より最も望んでいたことであり、同選手にとっては最高の環境だった。

ただ、その政権も短命に終わり、J2降格の危機に直面した状況で吉田監督が登板。イニエスタに最大限のリスペクトをしていた指揮官だが、8月以降はけがに見舞われた不運もあり、背番号8不在のチーム作りが進み、J1に残留。迎えた今季も同選手にけがの影響があり、一方でプレー強度を求めたチームは首位を快走。戦列復帰した今、出番はより限られていくようになった。

イニエスタが、この日の会見で「それぞれの歩む道が分かれ始め、監督の優先順位も違うところにあると感じ始めた」というのは、まさに核心を突くコメントだった。

ロティーナ監督時代のように、イニエスタはとにかく試合に出たい、現役を続けたい-。神戸というクラブや街を愛し続けたスーパースターだが、最後は自らの思いを貫いた途中退団になった。【横田和幸】