68年メキシコ五輪得点王「世界のカマモト」が、日本代表選手たちの背中を押した。サッカーW杯北中米大会1次リーグの初戦オランダ戦(米・ダラススタジアム)が行われた14日(日本時間15日)、スタンドでは昨年8月に81歳で亡くなった釜本邦茂さんの遺影が見守っていた。「W杯、見に行くんや」を目標に闘病していた遺志を、主治医だった清仁会シミズ病院(京都)坂井信幸院長(70)が継ぎ、共闘した。

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1-2の後半44分、日本の起死回生の同点弾が決まると、坂井さんは釜本さんとともに跳びはねた。「難敵オランダに2度追いついたので称賛されるし、2回とも写真を『ワアッ~』と掲げました。良かった」。遺影も白いシャツ姿でベンチの柱に手をかけて笑っていた。

希代のストライカーは、この試合をどう見ていたのか。坂井さんは「点取り屋さんですからね~。追いついたことには『まあ良し』と。でも勝ちきれなかったから『オレがおったら』と言いそうですけれど」と代弁した。

試合前にはサポーターにも歓迎され、横断幕を持って記念撮影するなど、遺影の存在感は絶大だった。「写真を持っていたら釜本さんと一緒にプレーしていた方から声をかけられましてね」。早大の先輩でメキシコ五輪ではともに戦って銅メダルを獲得した松本育夫氏(84)だった。「『ご苦労さんでした』と私に言ってくださって、釜本さんの写真と一緒に写真をとっていらっしゃいました」と思いを分かちあった。

釜本さんの「次のW杯を見にいくんや。そのためにも元気になるんや」という言葉が、坂井さんを動かした。親しい周囲に語り、生きる目標の1つにしていた。家族ぐるみで長い付き合いがあり「ご病気になられた時、一緒に北米に行きましょうと励ましておりましたので、一緒に観戦したいと思う気持ちを、写真を持参することで実現することを思いつきました」。米国出発前の10日に大阪府内の釜本家を訪れ、妻の修子さんから「お父さん(釜本さん)も喜んでいると思う」と写真を託された。

25日(日本時間26日)第3戦のスウェーデン戦も現地観戦する予定。「次も持って行きます。縁起が良いから。また点をとったら掲げます」。男子日本代表歴代1位で国際Aマッチ75得点の釜本さんは、笑顔で後輩たちの躍進を願っている。【鎌田直秀】

◆釜本邦茂(かまもと・くにしげ)1944年(昭19)4月15日生まれ、京都市出身。山城高から早大に進学、2年時に64年東京五輪に出場。68年メキシコ五輪では7得点を挙げ得点王となり銅メダルを獲得。日本代表国際Aマッチ通算76試合出場75得点は歴代1位。ヤンマーでは7度の日本リーグ得点王と4度の優勝、通算251試合202得点で84年に現役引退。現役時は公称179センチ、75キロだが、実際は181センチ。JリーグではG大阪の初代監督を務め、日本協会でも副会長などを歴任。政界でも95年から参議院議員を1期務めた。05年日本サッカー殿堂入り。趣味はゴルフ、時代劇観賞。血液型B。25年8月10日午前4時4分、肺炎のため大阪府内の病院で死去。