<陸上:世界選手権>◇第2日◇16日(日本時間17日)◇ユージン(米オレゴン州)・ヘイワールドフィールド◇男子100メートル決勝

18回目の大会で日本勢初の男子100メートルのファイナリストとなったサニブラウン・ハキーム(23=タンブルウィードTC)は、10秒06で7位だった。1位はカーリー(米国)で9秒86。2位にブレーシー、3位にブロメルが入り、米国勢が表彰台を独占した。

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1932年ロサンゼルス五輪の男子100メートルで6位入賞した吉岡隆徳は、独自に開発した“ロケットスタート”で、世界のトップ選手と渡り合った。35年には世界タイ記録の10秒3(手動計時)をマークして世界と肩を並べたが、36年ベルリン五輪は2次予選敗退。その後、100メートルはアフリカ系の選手が台頭。世界大会の決勝は日本人には手の届かない夢舞台になった。

68年にジム・ハインズ(米国)が初めて10秒の壁を破る9秒9をマーク。その後、カール・ルイス(米国)やウサイン・ボルト(ジャマイカ)らの登場で、世界記録の更新が続き、現在の世界記録はボルトの9秒58。一方、日本人初の9秒台は17年に桐生祥秀がマークした9秒98。世界から実に49年も遅れた。

日本人は外国人と比べて体格や筋力で劣ると言われ続けたが、91年東京世界選手権後、日本陸連は「バイオメカニクス研究所」を結成。選手の走りを科学的に解析して、日本人に合ったフォームやトレーニング方法を地道に追求してきた。98年の伊東浩司の10秒00、桐生の9秒台突入はその成果でもある。

陸上界に「1マイル(1600メートル)4分の壁」と言われる逸話がある。長く人類の力では突破不可能とされていたが、54年にバニスター(英国)が初めて3分台をマークすると、以降、4分の壁を突破する選手が次々と現れた。日本でも桐生が10秒の壁を突破した後、呪縛が解けたようにサニブラウンや山縣亮太らが次々と9秒台をマーク。選手層が厚くなり、着実に世界に近づいた。

もっとも9秒台を出しただけで、決勝に進出できるほど世界は甘くない。15年世界選手権(北京)は10秒を切った選手だけが決勝に進出した。世界で戦うにはコンスタントに9秒台を出せる力が不可欠。今大会、予選で自身3度目の9秒台となる9秒98をマークしたサニブラウンには、それだけの地力がついていたといえる。

母が日本人で父がガーナ人のサニブラウンは、身長190センチと規格外の体格で、ストライドも長い。しかし、彼は特別ではない。近年は食生活の変化やスポーツ科学の進歩で、日本の若者の大型化が進み、技術も向上。MLBの大谷翔平やボクシングの村田諒太ら、体格もパワーも外国人をしのぐアスリートが増えた。サニブラウンの決勝進出は、日本陸上界の長年の夢を現実に変え、日本人の「ファイナルの壁」の固定観念に風穴をあけた。【首藤正徳】