世界ランキング1位の北口榛花(25=JAL)が66メートル73で日本女子ではフィールド種目で初となる金メダルを獲得した。
前回大会の銅に続くメダルで、女子では史上初の2大会連続メダルとなった。さらに日本陸連が定めた24年パリオリンピック(五輪)の選考基準を満たし、2大会連続の五輪代表に内定。陸上ではパリ五輪内定“第1号”となった。
北口は大会前の取材で基本姿勢の大切さを説き、「解剖学的立位肢位」という専門的な用語とともに「理科の実験室にあるガイコツを目指しています」と話していた。20年秋から助言を送ってきた足立和隆氏(元筑波大准教授)が、北口の体の特徴やアドバイスの内容について説明した。【取材・構成=藤塚大輔】
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■北口の体の特性
北口選手はとても恵まれた体をしています。しかし、私が彼女とお会いした20年秋頃は、体をうまく使うことができず、宝の持ち腐れのような状態でした。
身長179センチと大きいかなり目立ちます。そのため、当初はは猫背気味で、やや前かがみのような姿勢が身についていました。やり投げには胴体のひねりが特に重要となり、腰から上の背骨(専門的には胸椎)が正しい配列をして、これを軸として上半身を回転させなくてはなりません。また、胴体と腕の間にある鎖骨や肩甲骨も、そうしないとうまく働くことができません。猫背は胸椎が前に曲がりすぎた状態ですので、このひねり運動と鎖骨、肩甲骨の運動に悪い影響を及ぼします。
そこで重要となるのが「解剖学的立位肢位」の観点です。
■「解剖学的立位肢位」とは
私は解剖学の領域から人の姿勢について研究をしてきました。私見を挟みますが、陸上競技やゴルフ、野球のように静から動へ体を動かす競技では、基本姿勢が大切という結論に至りました。
北口選手がお話しされた「解剖学的立位姿勢」とは、気をつけの姿勢で手のひらを前に向ける姿勢です。こうすると骨盤が前傾し、胸を張った状態になります。この姿勢における身体各部の感覚を体に覚え込ませ、胴体や手足の位置関係の感覚をリセットさせることが、そこから動きを始めるには肝要となります。つまり「解剖学的立位肢位」とは”ゼロ”の状態を脳に認識させる姿勢といえます。
■なぜ体を“ゼロ状態”にする必要があるのか
どのスポーツ競技でも、あるいは一般的に人が箸を使って食事する場合でも、人はわざわざ「この筋肉はこう」「こっちの筋肉はこう」と脳から指令を出しているわけではありません。脳が”勝手に”筋肉に指令を出しているのです。
そのとき脳は、最初の姿勢の身体感覚を参照して指令を出します。そのため、特に静から動への動きが求められるやり投げでは、”ゼロ”の状態の姿勢が大切になるわけです。
■アドバイス〈1〉:走り方の改善
北口選手への最初のアドバイスは、走り方の改善でした。上肢と下肢の協調、腰のひねりがスムーズにできるように、まずは下肢をリズムよく動かせるようにするため、階段をなるべく速く昇ったり降りたりする練習をしてもらいました。次に腰のひねりと腕の振り方を改善するため、歩幅を大きくして走ってもらいました。
これらのトレーニングによって、走り方はかなり改善されました。走るスピードも格段に速くなりました。その上で全力疾走の7割ほどの速度でリズム感のある走りを意識させました。
■アドバイス〈2〉:佐々木朗希がモデル?
やり投げは筋力をつける必要はありません。実際のところ、砲丸投げの選手にやり投げをやらせると数メートルしか飛ばせません。飛ばすための筋肉は鍛える必要がない、つまり、肘から先の筋肉は鍛える必要がないと伝えました。
やり投げは弓を引く動作にたとえられます。弓を引くための筋肉は鍛える必要がありますが、弓の反発力に相当する筋肉はあまり鍛える必要がありません。やりを遠くに飛ばすためには、脳からの指令で筋肉を縮ませるよりも、あらかじめ”弓を引く”筋肉を総動員して最大のバネ力が発揮できるようにすればよいのです。
その好例がロッテ佐々木朗希投手です。細身ですが、バネを生かし、剛速球を投げ込んでいます。北口選手へも、体のバネを意識した投げをアドバイスしました。
■アドバイス〈3〉:「頑張りすぎない」
私からは普段、文書や口頭で端的に指導をしています。たくさんのアドバイスをしても、頭は混乱する一方なので、「あまり速く助走しない、リズムを大切に、弓を十分に引く」といったイメージ主体のアドバイスを心がけています。
私はこれを「脳と筋肉のキャッチボール」と呼んでいます。トレーニングのしすぎで筋肉が疲れると、このキャッチボールがうまくいかなくなります。筋肉に過大な負荷がかかり、痛めてしまうことがあります。
現時点では北口選手へはトレーニングの時だけでなく、本番でも頑張りすぎないようにとアドバイスしています。頑張りすぎないことが、脳と筋肉のキャッチボールを円滑にさせ、好記録につながっています。

