超異色のニューヒロイン小林香菜(24=大塚製薬)が、7位入賞を果たした。2時間28分50秒をマーク。同種目での日本人の入賞は、19年ドーハ大会7位の谷本観月以来、3大会ぶりとなった。早大時代は部活動に所属せず、ランニングサークル「早稲田ホノルルマラソン完走会」で活動。直談判して実業団入りし、入社1年半で世界の7番になった。佐藤早也伽(積水化学)は13位、安藤友香(しまむら)は28位だった。
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夢中だった。小林は24キロ過ぎでアフリカ勢の集団に抜かれても、純粋に走ることを楽しんでいた。
「鬼ごっこみたいな感じで抜かれたから、ここからは自分が追いかけよう」
初の世界大会を遊びに例えた。皇居周辺を巡るコースは、1年半前までサークル活動で走った道。「誰よりもこのコースを知っている」とかつての日々を重ねていた。
高校時代はケガの影響で目立った成績を残せず、早大ではランニングサークルに参加。活動内容は週1回の皇居ラン2周だった。当初は楽しく走っていたが「高校で結果を残せなくて心残りがあった」と思いが再燃。国家公務員志望の専門塾にも通ったが、大学3年で実業団入りを決意した。
複数社にメールや電話で売り込み、河野匡監督への直談判で大塚製薬に内定。今年1月の大阪国際女子で日本人トップの2位に入り、代表初切符をつかんだ。
意志の強さは数字にも表れる。7月には約1380キロを走り込んだ。
これは東京から鹿児島までの距離に匹敵。04年アテネ五輪金の野口みずきが大会前にこなした月間練習を約10キロ上回る。ただそれも「走っている時は無心になれる。心置きなくジョグしていた」と苦には思わなかった。
その貪欲さが、レース後半で発揮された。24キロ過ぎに後退して一時は11位まで順位を落としたが、35キロ手前で入賞圏内の8位に再浮上。40キロ手前でも1人を抜き、7位入賞を収めた。
42・195キロの鬼ごっこを味わい尽くし「自分もこてんぱんにされるだろうな、嫌だな、と思っていたけど、練習を信じて頑張った」とかみしめた。
サークル活動で走った皇居周辺。この日は沿道から「頭が痛くなるほど」という声援が届いた。
「頑張ってきて本当に良かった」
うれし涙が止まらない。あふれた涙は、小林だけが歩んできた道のりを、明るく照らしていた。【藤塚大輔】
◆小林香菜(こばやし・かな)2001年(平13)4月4日、群馬・前橋市生まれ。中学で水泳部に入部も2年から陸上部に途中入部。3年時には3000メートルでジュニア五輪出場。埼玉・早大本庄高を経て早大に進学し、サークルの「ホノルルマラソン完走会」「山小屋研究会」に所属。マラソン初挑戦の21年富士山マラソンは3時間29分12秒。家族は父、母、姉2人。154センチ。

