名もなきアスリートの夢舞台が「SASUKE」だ。

97年からTBSテレビ「筋肉番付」のスペシャル企画としてスタート。18年からは大みそかに放送され、ファイナルステージは生放送される。昨年12月まで37回放送され、海外でも人気を誇る長寿番組だ。選抜された100人の挑戦者が「鋼鉄の魔城」と呼ばれる難攻不落のステージ(第1~4ステージ)に挑み、完全制覇を目指す。山形県職員の多田竜也(28)もその1人だ。昨年末は悲願のファイナルステージに進出。完全制覇こそ逃したが、理学療法士との両立で「SASUKE」に挑む男の素顔に迫った。(敬称略)【取材・構成=佐藤究】

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多田がSASUKEに憧れたのは7歳の頃だった。「偶然テレビで見ました。その時の選手たちが格好良くて、一瞬でとりこになりました」。当時は公園や校庭で「SASUKEごっこ」に熱中。中学生になっても夢舞台への情熱は消えなかった。「手作りした応募ビデオと、志望動機を書いた手紙を送りました。幸運にも選手として選ばれました」と、中学2年生で本番デビュー。翌年も出場し、第1ステージ(S)最年少クリアに一番近い少年として期待されたが、壁は厚かった。

厳しい選考を勝ち抜いて出場できる。「100人100職種の名もなき男たちのオリンピック」と称されるSASUKEには、世界からさまざまな選手がエントリー。書類選考とオーディションを突破し、2次選考に進んだ一握りの選手しか出場できない狭き門だ。「13歳の時から毎年欠かさずに応募している」という今や名キャストの多田も、中学3年生の07年出場を最後に、10年間も予選落ちが続いた。17年秋に復帰できたが、第1Sで惨敗した。

転機が訪れたのは18年春だった。第4Sのセットが置かれる聖地・緑山(神奈川)でプロポーズ。学生時代から交際していた彩香さん(26)に婚約指輪をはめた。「本当は格好良くクリアして、渡したかったんですけど」。並々ならぬ覚悟で挑んだ第1Sで落水。理想とは程遠い結果だったが「これも自分らしいなと思いました」。敗退後、ぬれたままの状態で公開プロポーズした。「鈍くさいありのままの僕を受け入れてくれました。妻は僕の最大の理解者であり協力者です」。同10月に婚姻届を提出した。

新婚ホヤホヤで挑んだ同年冬の第36回大会で結果を残した。通算5度目の出場で初の第1S突破を果たし、第2Sもクリアした。続く第3Sで敗退したが、難関エリアを次々に攻略。SASUKE界に新ヒーローが誕生した。「今までは緊張で頭が真っ白になっていた。結婚を機に緊張していても落ち着きを持つことができています。食事面や精神面でも支えてもらっています」と、愛する妻の存在が飛躍につながった。今年6月には第1子となる男児が誕生し、新米パパとして奮闘中。新たな原動力になっている。

幼い頃からの夢舞台に立てた。昨年の第37回大会でファイナルSに進出。18年の大みそかから「FINALステージ生放送」と銘打たれ、見どころの1つになる天空のステージだ。高さ25メートルはビルの7、8階に相当。制限時間45秒以内で、3つの関門を突破しながらゴールを目指す。SASUKEに求められる心技体が凝縮されたステージで、現在の仕様になってからクリアした者はいない。開催場所となった横浜赤レンガ倉庫(神奈川)には、大勢のファンが集まった。「夢のような状況でした。いつもの僕なら正気を失っていたと思います。でも、一緒に頑張ってきた家族や仲間たちが応援に駆けつけてくれたので、落ち着いて臨むことができました」と振り返った。完全制覇は逃しても、夢のひと時を過ごした。

SASUKEで活躍した反響は大きい。普段は山形県立中央病院に理学療法士として勤務する。主に「白血病」や「悪性リンパ腫」など、血液のがんで化学療法や骨髄移植治療を行っている患者のリハビリ業務を担当する。治療過程でクリーンルームに隔離された患者の体力や生活レベルを守っている。「僕がSASUKEで活躍すると、大変な治療をしている患者さんがますます頑張ってリハビリに取り組んでくれます。微力ながら、誰かの力になれていることがうれしいです」とやりがいを感じている。

コロナ禍の影響もあり、今年の開催時期は決まっていないが、自宅でできるトレーニングを中心に準備を進めている。「週に5、6回、トレーニングを行っている。筋トレやバランス感覚、体幹など自分の体の弱い部分を中心に鍛えています」と力強く話した。例年なら、山形県内にある長井ロードカッター代表取締役・嵐田良一氏が作り上げた「嵐田パーク」で全国のSASUKEアスリートたちと合同トレーニングを行っているが、今は自粛を余儀なくされている。「実践的な練習はほとんどできていません。過去の映像を見てイメージトレーニングをしています」と、制約の中でも最善を尽くしている。

SASUKEの魅力とは?

多田 完全制覇は何人いてもいい。誰が1番というのは関係ない。だからこそお互いを応援し、喜びや悔しさを共有することができる。家族、仲間、出会った方々が僕の全てです。みんなに感謝の気持ちを持って、トレーニングの成果をSASUKEにぶつけるだけです。

たかがSASUKE、されどSASUKE-。筋書きのない人間ドラマが、国境を越えて多くの人を魅了する。令和最初の完全制覇のゴールまで、多田の挑戦は終わらない。【佐藤究】

◆多田竜也(ただ・たつや)1992年(平4)7月6日生まれ、山形県山辺町出身。山辺中では陸上部。07年の全国中学に400メートルリレーで出場。山形南では10年の全国高校総体に400メートルリレーで出場。高校卒業後、医療系専門学校に進学。15年から山形県立中央病院に勤務。身長166センチ、体重63キロ。血液型A。「SASUKE」の番組内では「山形県庁の星」と呼ばれている。