池江璃花子(23=横浜ゴム)が、五輪2大会ぶりの個人種目代表に内定した。57秒30の2位で派遣標準記録(57秒34)を突破。代表圏外の3位と0秒01差の争いを制した。1位は56秒91をマークした神奈川・日大藤沢高2年の平井瑞希(17=ATSC.YW)で、初の五輪切符をつかんだ。

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天井を見つめ、池江は「良かった~!」とさけんだ。前半を26秒35のトップで折り返し、無我夢中で進んだ後半。高2の平井に逆転を許し、まずはタイムを見た。57秒30。3位の松本信歩が0秒01差に迫っていたのは、知らなかった。タッチ差の大接戦を制し「本当にうれしい。もうその気持ちでいっぱい。目標であるパリの切符。最後の最後は自分を信じた。順位は負けたけれど、今の自分は、すごく満足しています」と心の底から笑えた。

“リキー”には、やっぱり笑顔が似合う。昨秋にオーストラリアへ渡り、マイケル・ボール・コーチから指導を受け始めた。理由はシンプル。「強くなりたい、速くなりたい、世界一を目指したいと思った」。強い決意で環境を変えたが、周囲には当初、不安や恐怖を抱いているように映っていた。アシスタントのパリスター・コーチは「とにかく毎日の練習が楽しいと思えるように。そこに重点を置いた」という。そんな中でついた愛称が、名前の璃花子を短くした“リキー”だった。

21年東京五輪4冠のマキーオンらの背中を追う日々。置いていかれ、1人で涙を流した。泣きやむまでプールから上がれなかったが、仲間からは逆に「今日、良かったじゃん」と褒められた。

「私は自分で『頑張っている』って言えないのに、みんなは褒めてくれる。周りの人に支えられました」

“リキー”の顔に笑みが戻っていった。

コーチ陣とは毎日1対1で意見を交わす。19年に判明した白血病。乗り越えたアスリートは、世界的にも少数だ。パリスター・コーチは「体の状態は正直に心を開いて、話してもらわないと分からない」と関係作りを大事にする。池江は「(メインコーチの)ボールが『○秒で泳げる』と言ったら、私も泳げると思う。『大丈夫』と言えば大丈夫な気がする」とうなずく。

3大会連続の五輪。個人種目代表の喜びをかみしめて“リキー”は笑った。

「(白血病から)復帰した時も高校生に負けることが何回かあった。『もう2度と私に勝てることはないよ』と、強い気持ちで取り組んできました。あらためて、その気持ちを強く持って、パリで悔いのないような結果を出したい」

次はパリで笑う。そのために頑張れる。【松本航】