◆空白の1日(江川)事件

 1978年(昭53)のドラフト会議の前日となった11月21日、前年秋のドラフトでクラウンライター(現西武)の1位指名を拒否して米国留学していた元法大の江川卓投手が巨人と電撃契約をした。当時の野球協約第138条の「翌年の選択会議の前々日」(11月20日)までに契約できなかったことから、西武の交渉権はこの日で喪失。前日(21日)はどこにも拘束されないことから「空白の1日」と巨人は解釈したもの。セ・リーグ鈴木竜二会長から「契約は無効」とされた巨人はドラフト会議をボイコット。そのドラフトでは阪神が江川の交渉権を獲得した。

 1位指名されながらも江川は金子鋭コミッショナーの「強い要望」によって翌79年1月31日、巨人の小林繁との交換トレードが成立した。2月8日、プロ野球実行委員会はこの交換トレードを白紙とし、「小林は阪神へ金銭トレード、江川は協約通り開幕の4月7日に阪神から巨人に移籍」と決めた。金子コミッショナーは引責辞任。4月7日、巨人江川が誕生した。巨人は一連の騒動について謝罪する形で公式戦開幕から約2カ月、江川の公式戦出場を自粛させた。

 [2010年1月17日19時29分]ソーシャルブックマーク