<プロ野球ドラフト会議>◇27日

 最速157キロ右腕の東海大・菅野智之投手(4年=東海大相模)は巨人と日本ハムから1位指名を受け、抽選の結果、日本ハムが交渉権を獲得した。伯父の原辰徳監督(53)率いる巨人の単独指名とみられていただけに、菅野も困惑を隠せず笑顔はなし。予定されていた記念写真撮影も急きょ中止となった。交渉権獲得後、日本ハムは菅野側との接触を試みたが、この日は連絡が取れず。菅野側は強行指名に態度を硬化させているとみられ、入団拒否の可能性も出てきた。

 菅野の目は、少し赤かった。12球団の1位指名終了後、神奈川・平塚市内の東海大内の会見場に姿を見せた。巨人の単独指名で笑顔があふれる時間となるはず、だった。だが、日本ハムにも1位指名を受け、抽選の末に日本ハムが交渉権を獲得した。

 別室で「今まで味わったことのないような緊張感をすごく感じましたし、何とも言えない気持ち」でテレビを見つめていた菅野は、「今年1月1日からずっとこの10月27日を夢見て頑張ってきた。特別な思いももちろんありましたけど」と話すと、少し言葉に詰まった。「まあ…」と言いかけ、約10秒の沈黙。「ちょっと難しいですけど、無事に終われたというのはすごくホッとしてます」。困惑の色を隠しながら、真摯(しんし)にこう振り返るのが精いっぱいだった。予定していた写真撮影は中止になった。

 ずっと巨人が好きだった。伯父である原監督の引退試合を見た6歳で、プロ野球選手を志した。「小さいころからジャイアンツの試合はたくさん見てましたし、自分の中ですごく特別な球団だっていうのはもちろんありました」。だが、周囲に迷惑を掛けないよう、思いは内に秘めてきた。「小さいころは『一緒にできたらいいなあ』ってぐらいにしか思ってなかったですけど、大学に入って自分もある程度の実績を残せるようになって、それが夢じゃなくて現実となれるよう、自分の中で思い描いていたのはあるんです。そういうふうに思っていたっていうのは間違いないです」。夢がかなう瞬間は、そこまで来ていたが…。ずっと抑えてきた気持ちが、初めて言葉となってあふれ出た。

 日本ハムの印象について「ダルビッシュ投手をはじめ、すごくいいピッチャーがいる。すごくまとまりのあるチーム」と話しつつも、事前に1位指名の連絡はなく、困惑の表情は否めない。交渉のテーブルに着くかどうかは「さっきの出来事なので、まだ監督だったり、両親と相談して決めたいなと思っているので、まだそういうことは考えてないです」とした。

 関東地区大学選手権(31~11月3日)が控えるだけに「それが終わって、少し神宮大会(11月23日開幕)まで時間があるので、できればですけど、決めていけたらなと思います」と、早ければ11月中旬にも結論を出せればという考えはのぞかせた。今ドラフト最大のドラマの主人公となった大学ビッグ3の一角、最速157キロ右腕は、どんな結末を導き出すのだろうか。【浜本卓也】