日本サッカー協会は22日、U-22コスタリカ代表との親善試合(7月1日、ユアテックスタジアム仙台)に臨むU-22日本代表メンバーを発表し、J2札幌DF櫛引一紀(22)が選出された。世代別の代表入りは、13年東アジア大会でのU-20代表以来、約2年ぶり。手倉森誠監督(47)就任後は初となった。3月のリオ五輪1次予選は予備登録にも入らなかった男が、逆転での代表入りへ、アピールを始める。

 失意の櫛引に、思わぬ吉報が待っていた。リオデジャネイロ五輪を目指すU-22代表選出は初めて。約2年、世代別代表から遠ざかっていた男に、夢切符への挑戦権が与えられた。「正直、あきらめかけていた。今は先の五輪のことを考えるよりも、コスタリカ戦1試合のことに集中したい」。自身も想定外の招集だけに、まずは目先の一戦を見据えた。

 前日21日の北九州戦を、U-22代表の手倉森監督が視察。その前で、1-0の後半31分、自身の対応ミスで失点した。同監督就任後、世代別代表に選ばれたこともなく、試合後に声をかけられることもなかった。ただ、ミスをしてドローになったことが気になり「試合後ずっともやもやしていた」と悔やんでいた。その夜、両親と食事をしている最中に三上大勝GMから電話が入った。「今日のミスについて、何か指摘される」と恐る恐る電話に出ると、話の内容は意外にも、代表選出の連絡だった。

 今回の選考は、チームで結果を残している選手と、J3のU-22選抜で活躍している選手を新たに加え、アジア1次予選に出たメンバーと競わせるのが狙い。櫛引は今季19試合中15試合に出場。レギュラーに定着している点が評価対象になった。3月の1次予選では、代表どころか、予備登録50人からも外れていただけに「びっくりした」と言う。

 「今季は代表より、チームで試合に出ることだけを考えてきた。今、出られているのも、周りの選手の支えがあるから。代表では、自分のやれることをしっかり出せるようにしたい」。まずはアピールタイムを獲得した。来年1月のアジア最終予選の予備登録は12月。途中からの逆転メンバー入りは容易なことではないが、じわじわと名前を売り込み、最終予選、そして札幌所属選手初の五輪代表をもくろむ。【永野高輔】

 ◆札幌と五輪代表 99年にFW吉原が00年シドニー五輪アジア1次予選、最終予選に出場。02年には04年アテネ五輪を狙うU-21代表にGK藤ケ谷とMF山瀬が選出も、本大会出場は逃している。現所属ではMF稲本が00年シドニー五輪、MF小野が04年アテネ五輪(オーバーエージ)に出場。札幌に所属しながら五輪本大会に出場した選手はいない。