16日午前2時。熊本県宇城市の山道で、J2熊本FW巻誠一郎(35)は懸命に声を張り上げていた。「グラウンドにクルマを入れちゃってください!」。直前に熊本地震の本震が起き、津波注意報が出た。巻は家族と共に、乗用車で高台に避難したが、ふもとから渋滞が起きていた。

 誰も交通整理をする者はいない。自分がやるしかない。乗用車を飛び降り、夜道に立った。山頂手前に、運動場があった。乗用車を乗り入れていい場所ではないが、今は平時ではない。とっさの判断で渋滞の列を流し込み、一気に避難民を山頂へと導いた。

 津波注意報が解除されても、建物内には戻れない。16日夕刻の時点で、巻は丸2日を乗用車の中で過ごしている。15日にはチームの全体練習もあったが、その最中も強い地震に襲われた。何より、おびえる家族を置き去りにしてボールを蹴ることは複雑だ。「正直、今はサッカーどころではないと思います」。16日にはピッチは自衛隊や警察の救援活動の拠点となり、全体練習は不可能に。17日のアウェー京都戦も中止になった。

 それでも、巻は熊本にとどまる。「ふるさとですから。今もお世話になっているし」。学生時代の友人と連絡を取り合い、家族ごとに足りない物資を確認。うまく交換するよう取り持ったり、県外の友人に手配を依頼するなど、周囲の避難生活の手助けを試みる。

 チームのために走り、体を張る姿勢で、ジーコ監督やオシム監督など、歴代の日本代表監督にも信頼されてきた。「それも育ててくれたふるさとのおかげ」と巻は言う。そして、今度は天災に苦しむ地元熊本のために走り、体を張る覚悟を固めた。

 ◆巻誠一郎(まき・せいいちろう)1980年(昭55)8月7日、熊本県下益城郡小川町(現宇城市)生まれ。熊本・大津高から駒大を経て、03年に市原(現千葉)に入団。06年W杯に日本代表として出場。ロシア1部アムカル・ペルミ、中国1部深セン紅鑽、東京Vを経て、14年からJ2熊本でプレーする。184センチ、81キロ。