大リーグ・エンゼルスの大谷翔平の活躍で、アスリートの“二刀流”が注目されるようになった。来年3月4日に開幕する北京パラリンピックにも“夏冬二刀流”に挑むアスリートがいる。アルペンスキー女子の村岡桃佳(24=トヨタ自動車)。前回18年平昌大会で大回転の金を含む全5種目でメダルを獲得し、翌シーズンのW杯で年間総合優勝した雪上の女王である。

19年5月にパラ陸上への挑戦を表明。今夏の東京パラリンピックの女子100メートル(車いすT54)に出場した。バランス感覚で勝負するスキーと、腕や上半身の筋力で車いすを推進する陸上は、まるで別物。約2年半に及ぶ過酷なトレーニングでゼロから肉体をつくり直して、本番では決勝に進出して6位入賞。人間の可能性はすごいと思った。その成果がスキーにどう生かされるのかも興味深い。

再び雪上に戻った彼女を11月中旬にリモート取材した。印象的だったのが「陸上を経験したことで、あらためてスキーが楽しくて、すごく好きだと感じた」というコメント。平昌大会後は“勝って当然”と自分自身にプレッシャーをかけてしまい、滑るのがつらくて毎晩のように泣いていた。それが陸上という新たな競技に打ち込み、スキーと距離を取ったことで、本来の楽しさを思い出すことができたという。

話を聞きながら、大谷がなぜあんなに楽しそうにプレーをしているのか、何となく分かるような気がした。投手と打者の“二刀流”だからではないか。選択肢が増えれば、夢も広がるし、楽しみも増す。1つの役割だけに集中していた時には見えなかったものだって見えてくる。良い意味で気分転換にもなり、新鮮な気持ちで競技に臨むことができるのではないか。

かつてアスリートの“二刀流”は珍しくなかった。1928年アムステルダム五輪の陸上男子3段跳びで日本人初の金メダリストになった織田幹雄は、走り幅跳びや走り高跳びでも日本記録を樹立している。それがスポーツがビジネスとして成立するようになり、結果が求められて専門化・分業化が進んだ。肉体的な負担が大きくて何より効率的ではない“二刀流”は敬遠されるようになった。それは「楽しむ」というスポーツ本来の姿から懸け離れてはいまいか。

古い資料を調べると夏冬両五輪で金メダルを獲得しているつわものがいた。エディー・イーガン(米国)。1920年アントワープ夏季大会でボクシング・ライトヘビー級を制し、1932年レークプラシッド冬季大会のボブスレー(4人乗り)でも優勝している。ハーバード大やオックスフォード大で法律を学んだ彼は、引退後に弁護士になった。

さすがに今の時代は無理だよなと一瞬思ったが、すぐに思い直した。100年前のベーブ・ルースの再来と呼ばれる大谷の偉業が頭をよぎったからだ。人間の可能性は私たちが思っているよりもはるかに大きいのだ。二刀流、三刀流のトップアスリートが珍しくない時代が、またやってくるような予感がする。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)

21年9月1日、東京パラリンピックの陸上女子100メートル(車いすT54)予選を通過し、笑みを浮かべる村岡桃佳
21年9月1日、東京パラリンピックの陸上女子100メートル(車いすT54)予選を通過し、笑みを浮かべる村岡桃佳