羽生結弦(20=ANA)が「日本」を世界に認めさせた。フリーのテーマ「陰陽師(おんみょうじ)」の世界を演じるためにこの夏、安倍晴明をまつる京都の晴明神社を参拝。日本文化への理解を深め、表現力を高めた。和風のプログラムは、今まで数々の日本人男子スケーターが挑戦しながら、認められなかった。世界最高得点に加え、もう1つの壁も破った。

 今季、表現の幅を広げるため自ら選んだテーマは安倍晴明。愛読する作家夢枕獏原作の映画「陰陽師」のテーマ曲をアレンジし「SEIMEI」と名前も付けた。親しみと愛をもって、新たな挑戦に臨もうとした。

 7月2日、深い理解を求めて、晴明神社を訪ねた。境内に入るとすぐに「気を感じる」と周囲に漏らし、警戒する様子を見せた。神の存在を演じることへの恐れが一気に湧いた。特別に見せてもらった非公開の肖像画に見入り、ご神木である樹齢300年のクスノキに手をあててパワーを受け取った。まるで晴明公に許しを請うように、10分もあれば見尽くせる境内を、1時間かけて集中して回った。この日の演技前。晴明公の紋である星印を胸に描き、祈るように天を仰いだ。心を込め、演じきった。

 男子フィギュア界にとって「和物」は壁だった。佐野稔、五十嵐文男、鍵山正和、本田武史…。70年代から数々の日本を代表するスケーターが日本の曲を使いながら、世界大会で評価を得られなかった。佐野は七五調を基にした「荒城の月」、本田は民謡「木曽節」を使い、鍵山は法被を着て滑ったことがある。すべて理解されなかった。

 なぜ羽生の陰陽師が評価されたのか。現在、浅田真央や男子の小塚を教える佐藤信夫コーチは変化をこう分析する。「昔はスケートは欧米人がやるものだったから、日本文化が理解されない部分は確かにあった。だが今はアジアの選手もたくさんいて、状況は変わってきている」。羽生が、日本の伝統的な節、踊りを伝えられるだけの高い技術、表現力を持っていたことも大きかった。

 ホームの声援が、力になった部分もある。12月、スペインで行われるGPファイナルで再び「日本」を世界に発信する。【高場泉穂】

 ◆晴明神社(せいめいじんじゃ) 京都市上京区にある神社。平安時代中期の天文学者である安倍晴明公をまつる。晴明の活動拠点だった屋敷跡に晴明の死後、一条天皇が1007年(寛弘4)に創建。念力により湧かせたとされる井戸「晴明井」などがあり、パワースポットとして知られる。