日本ラグビー史上屈指のスター選手として活躍し、日本代表主将、監督も務めた平尾誠二氏が20日、53歳で死去した。

 同大、神戸製鋼時代に先輩として共に戦い、何度も勝利の美酒を味わった元日本代表主将の林敏之氏(56)は「イメージが優れていて、プレーしながらゲームを作っていくことができた、本当に希有(けう)なプレーヤーだったと思います」と、才能抜群だった故人をしのんだ。

 この日は、林氏が中心となって設立した、スポーツ教育やラグビー普及をテーマにするNPO法人ヒーローズの発足10周年を祝う会が大阪市内で開かれた。同会の発起人には平尾氏も名を連ねており、林氏は「この夏の前に、電話して発起人を頼んだときも、快く引き受けてくれた。体調どう?って聞くと『そんなに悪くない』と言ってたんですけど」と無念そうに話した。

 19年ラグビーW杯日本大会を前に平尾氏が亡くなったことに「みんなW杯の顔になることを望んでいたでしょう。何よりボールゲームを愛した男でしたから。子供たちがボールと戯れる世界を、広げて行ってほしいと思ってるんじゃないですか」と、天国の戦友へ思いをはせた。