柔道男子で昨夏のロンドン五輪100キロ級代表で元世界王者の穴井隆将(28=天理大職)が、決意の引退試合に挑む。28日、体重無差別で柔道日本一を争う全日本選手権(29日・日本武道館)に向け、東京都文京区の講道館で行われた記者会見で「最後の戦いとなる決意で畳に上がる」と現役引退を表明した。支えてくれた人々への感謝を伝えるため、伝統の大会に臨む。逆風が吹く柔道界にあって、重量級のエース格だった男はどんな試合を見せるのか。なお、全日本選手権は世界選手権(8~9月・リオデジャネイロ)100キロ超級代表選考会を兼ねて行われる。

 すがすがしく、全ての言葉に熱い思いがこもった。

 穴井

 生きるか死ぬか。柔道人生の全てをかけた最後の戦いになるという覚悟で挑みたい。

 8カ月前、ロンドン。金メダルの期待に2回戦敗退。泣きじゃくった。「すいません」しか言えなかった。いま、「感謝の柔道」で、苦い記憶から踏み出す。気分はすがすがしかった。

 五輪後、周囲から言われた。「泣きじゃくって終わらず、お前らしく終わったほうが良いんじゃないか」。恩師、家族などへ感謝を伝える柔道。それが「自分らしさ」と心の整理が付いた。昨年11月に強化選手を辞退していたが、再び畳に戻る決心がついた。

 本格的な練習は年明けからで、「(練習量は昨年比で)3割から4割」。「勝てると思ってない。甘い世界ではない。私より稽古をしている選手が勝つべき」が本音だ。ただ、伝えたいことは確固としてある。

 暴力指導問題、助成金不正受給問題と揺れる柔道界。「大丈夫なのか」と心配されることも多々あったという。「だからこそ、伝統ある試合で選手1人1人が一生懸命戦うことが大事なのではないか」。

 全日本選手権は柔道界最高峰の大会。国際ルールでなく、試合時間が6分間など講道館ルールで行われ、無差別で日本一を競う。耳目を集める舞台で、柔道の素晴らしさを訴えたい。

 4月から教育系の大学院に通い、将来は指導者を目指す。柔道人生は続く。だからこそ、現役最後にいかに輝くか。10年の世界選手権覇者。日本柔道の中心にいた男は語る。「経験してきたことを、財産を、最後に畳の上でみせたい」。【阿部健吾】

 ◆穴井隆将(あない・たかまさ)1984年(昭59)8月5日、大分市生まれ。5歳から柔道を始める。100キロ級が主戦場で、天理高で01年総体、02年世界ジュニア優勝。天理大-天理大職員。08年選抜体重別で鈴木桂治に敗れて北京五輪出場を逃すが、09年の全日本選手権で初優勝。その年の世界選手権は3位に終わるも、翌10年大会で初優勝を飾る。家族は妻と2男。妹さやかも78キロ級の選手。得意は内股、大外刈り。左組み。187センチ。

 ◆穴井のロンドン五輪

 日本男子は1つも金メダルがなく、100キロ級の穴井、100キロ超級の上川を残すのみで試合日に。64年東京五輪以来の金メダルゼロの危機で、1回戦のオースティン(英国)は優勢勝ちも、2回戦でクルパレク(チェコ)に一本負け。11年世界選手権3位の相手のともえ投げはこらえたが、上に乗った形をひっくり返され、崩れ横四方固めで25秒間抑え込まれた。試合後は涙が止まらず、放心状態。井上コーチ(現監督)が体を支えた。「申し訳ありませんでした」と涙をしゃくり上げながら謝った。