開幕9連敗と、阪神の出だしは散々なものとなった。4日現在で首位巨人とのゲーム差は8である。今季は厳しい戦いとなるのは避けられない。

ところで、阪神の最大ゲーム差逆転優勝は6・5差。1964年(昭39)のことだった。この前年の63年オフに阪神は、チームの大改造を行った。大毎(現ロッテ)との間で、現在も「世紀のトレード」と語り継がれるトレードを敢行。大エースだった小山正明投手を出し、かわりに山内一弘外野手を獲得した。

阪神は序盤戦を無難に滑り出し、6月9日には2位に3・5差をつけ首位を快走する。ところが、翌日10日から大洋(現DeNA)が10連勝し、一気に追い抜かれた。そして7月18日の直接対決で敗北。ゲーム差は6・5にまで開き、前半戦は終わった。

球宴明けに阪神は、一気に反転攻勢に出る。8月に6連勝、7連勝を各1度。9月には20日の川崎、26日には甲子園での大洋との直接対決ダブルヘッダー計4試合に全勝し、ついに0・5差に詰め寄る。そして30日に甲子園での対中日ダブルヘッダー第1試合で勝ち、奇跡の逆転優勝を果たしたのだった。

外国人投手ジーン・バッキーの急成長が、快挙をもたらした。就任したばかりの杉下茂投手コーチが、バッキーを指導。徹底した下半身強化を課して鍛え上げた。明るくまじめな性格からバッキーは順調に成長し、前年の8勝から29勝へと飛躍。後半戦だけでも12勝5敗、防御率1・38の好成績でチームを支えた。9月下旬の大洋との4試合すべてに投げ3勝0敗、20回3分の2をわずか1失点と、強敵に引導を渡した。オフには外国人初の沢村賞も受賞。22勝を挙げた村山実との「新・2本柱」で、小山の抜けた穴を見事に埋めたのだった。

ところで、阪神がこの年初めて6・5差をつけられた7月18日は、チーム82試合目だった。当時は今季より3試合少ない、年間140試合。つまりわずか58試合でこの大差を逆転したというわけである。58試合の6・5ゲーム差といえば、残り試合の11・2%だ。阪神の今季残り試合は134試合で、首位とは8差。比率でいえば6・0%である。

バッキーのような救世主は、果たして現れるのか。過酷なシーズンとなるのは間違いない。ただ、下を向くには早すぎるのもまた、事実なのである。緒戦の連敗を引きずるか、それとも「134試合残っている」と考えるか。多くのファンは、ナインの心構えを確かめに甲子園へとやって来る。【記録室 高野勲】