7月26日深夜、帰りの電車でこれを書いている。ペナントレースは87試合を終えている。西武投手陣は現時点で1万2818球を投げている。その1球1球が、ファンの歓喜とため息を生んできた。

1万2818球のベストボールはどれだろう…なんて考えるフリをしてみたが、私には1択だ。

7月17日の日本ハム戦(ベルーナドーム)の7回表、佐々木健投手(27)の1球だ。

2点をリードし、先発隅田が6回でマウンドを降りた。しかし7回、2番手本田が連打と四球で無死満塁を作り、1死後、2番加藤豪を迎えた。そこで3番手佐々木が登場した。

目立たないがすごい。2軍では11試合12イニングで自責点0(失点1)と好調を維持し、昇格した1軍でも21試合、20回2/3で自責点は2のみ(失点5)。「登板が少ないですからね」と本人は謙遜して笑う。27日は失点してしまったものの、任された仕事を実に堅実にこなしてきた。

ゴロアウトが多い。佐々木の思惑通りだ。

「ツーシームとまっすぐとカット、全部投げ分けてます」

肉眼でもテレビ画面でも見分けが難しい。

「握りを少しだけ変えて、まっすぐと同じように投げてるんで。投げミスしても、最悪、まっすぐいってるからいいやみたいな感じで投げてます。だから分かりづらいのかも。裏でデータを付けている人も、トラックマンの数値で(球種が)分かるらしいです」

その佐々木が加藤豪を迎えた。「加藤さんがまっすぐに強いのは分かっていました」と振り返る。

カーブで見逃し、ツーシームが低く外れ、チェンジアップを空振りさせた。カウント1-2。持ち味の、ゴロを打たせる配球ではないように見えた。1死満塁。併殺狙いではないのか?

「まずは2アウトにするのが先だと思ってたので」

チームは5連勝中。勢いを止められない。道筋はとうに決めていた。

「加藤さんがまっすぐに強いのは知ってたんですけど、それでも差せる自信があったので。外なら当てられちゃうと思って」

左対左で、内角へ直球を投げこむ-。今季1軍で唯一の自責点がついた、7月1日のソフトバンク戦(ベルーナドーム)での苦い思い出が伏線になった。

「リードしている試合で投げるの、今年初めてで。いつもと違う感じがあったというか、落ち着けなくて。冷静になって考えると、もっと内角もしっかり使っておけばよかったなと思うんです」

連打に犠打でピンチを作り、降板。同点に追いつかれ、延長戦の末にチームも敗れた。

だからこそ今度は。

絶対に打ち取らなければいけない加藤豪。カウント1-2になり、古賀とサインが合わなかった。それもそのはず。

「今年、左打者のインコースにまっすぐ1球も投げてなかったんですよ。だから、古賀の頭にあるはずもないんです」

サインに何度か首を振り、うなずいたが、やっぱりプレートを外す。マウンドを下りて屈伸する。また何度か首を振り、苦笑いしながらまたプレートを外す。古賀がマウンドへ向かう。

言葉は決めている。たった4秒の打ち合わせ。

もちろん首を振ることはない。「もう、あそこにベストボール投げることしか考えてなかったです」。ひざ元への直球だ。

「あの間があったから決まったと思うし、手が出なかったかなと」

打者は動けない。古賀のミットがしばし動かない。フィニッシュを決めた佐々木の左足も動かない。岩下球審が右腕を突き上げ、ベルーナドームが歓声に包まれた。【西武担当 金子真仁】