阪神近本光司外野手(31)が6年連続で実施していた鹿児島・沖永良部島での単独自主トレがまもなく終了する。11日には島民手作りの優勝パレードが行われた。人口1万人超の島はおおいに盛り上がった。

パレードが始まる直前。記者はスタート地点のすぐ近くにある記念碑の前にいた。同島は西郷隆盛の流刑地としても有名。薩摩藩の島津久光に島流しにされ、1年6カ月の時を過ごした。パレードが行われた和泊町の中心部には、牢があった場所が伝わる。

海風が吹きつける狭く粗末な格子牢では日々静座し、読書や沈思黙想して過ごした。のちの日本の経営者らにも影響を与えている座右の銘「敬天愛人」は、この時期に醸成されたとされている。久光の許しを得て、1864年に沖永良部を離れた西郷は「獄中有感」という漢詩を島に残していた。人生の無常とともに、厳しい不遇にあっても貫きたい意志を記した。

その最後は「生死何疑天附興」「願留魂魄護皇城」で締められる。同地にある看板は「生死が天命によることは疑いないが、どうか死んでも魂はこの世にとどまって宮城を守りたいものである」と訳している。皇城、宮城は皇居のことで、命尽きてもなお忠誠したいという、強固な意志が詰まっている。

西郷の牢には島の子どもたちが自然と集ったという。学問や、幸せに生きるための教えを受けた彼らは成長して島の指導者となり、西郷の精神を受け継いで島の発展に貢献した。今も、小学生は郷土教育の一環で、言い伝えを学習している。現地では隆盛ではなく、号の南洲(なんしゅう)の方で親しまれている。

記者はパレードが始まっても、石碑の前にしばしとどまった。説明文を読みふけっていると、昨年11月に聞いた話を思い出した。近本は長年の社会貢献活動が評価されてゴールデンスピリット賞を受賞した。授賞式での取材で「いずれ僕は死ぬ。長い歴史の中で見ると、たったの100年。でも、思いはすごく長く続く」と語っていた。日本の未来を少しでも明るくするために、現役選手の立場でありながら教育分野に深くコミットしている。

「子どもたちが将来、地域の教育、地域ために何かできることがないかなと、行動に移してくれることが大事だと思う」

豪快なかっぷくとは似ても似つかないが、熱く尊いスピリットが時空を超えて重なった。【阪神担当=柏原誠】

自主トレを行っている沖永良部島で、リーグ優勝記念イベントのパレードを行う阪神近本
自主トレを行っている沖永良部島で、リーグ優勝記念イベントのパレードを行う阪神近本
自主トレを行っている沖永良部島で、リーグ優勝記念イベントのパレードをする阪神近本(撮影・加藤哉)
自主トレを行っている沖永良部島で、リーグ優勝記念イベントのパレードをする阪神近本(撮影・加藤哉)